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女性らしくあるがままに人生デザイン
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宝石ブルー『ゆとり美人サロン』主宰
もう悩まない!迷わない!
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宝石ブルー『オンラインSlowBeauty』
2021年春開校

 

 

見つけてしまった!

2年半前に書いたマイストーリー。

当時一晩で第4章まで書きました。

(当時、起業塾で一番最初に書くように言われたもの)

 

 

でも、どこにも公開する事なく

ひっそり隠れてた…

と言うより出せなかった、、

(隠すまでもないけど、見せる必要があるのかと思っていた)

 

 

それをなぜ今になって!?

当時これを書き終えた時に、

何とも言えない感情が湧き出たんですよね。

自分の中に生まれてくる使命感というか…

 

 

誰もが当たり前に経験した事も

誰かの役に立っていく。

自分の当たり前は他人にとって

価値あるものになるんだと。

今はそんな風に思えるから…

 

 

だから、今さらだけど

はじめましてのマイストーリー♡




 

~マイストーリー第1章~

 

 


両親と4歳上の姉の元に産まれた私。

 


9人兄弟の一番末っ子の父は、
小さい時に両親を亡くしたそうで、
16歳で福岡から大阪に働きに出た九州男児。


母も小さい時にはお金で苦労し、
高校進学を諦めなくてはいけない

女の子だったそう。


そんな父は、私が小さい時から

単身赴任で家に居なかった。
とにかく仕事を頑張る父で、
私が女の子で産まれた事をきっかけに、
俺は仕事に頑張ると決めたそう。
子育てはお母さんに任せた!!

(→男の子だったら、また違ったらしいが、
理由はよくわからない。)



普段1人で姉と私を育てていた母は、
とにかく厳しかった。
怒られては悔しくて、
1人部屋にこもりよく泣いた記憶がある。

(→今になってわかる。
母も1人で一生懸命だったんだろうと)

 


それにしても、女の子なのに

そんな怒られような事してたのかな私…

って、今思うんです(笑)


そんな両親の元に育った私は、
いつもショートカットにさせられ、
色黒の女の子。(生まれた時からの地黒)

服装はボーイッシュ。

 


小さい時は、スーパーで見知らぬ人に
坊っちゃんってよく呼ばれてた。
「女の子なのに~」って心で思っても、
何も言えない、引っ込み事案で

恥ずかしがり屋の性格。


TV番組で歌ってる女の子を見て、
「どうしたらあんなふうにキラキラ

なれるんだろう~。私もなってみたい。」
と考えた時もあった。


小学2年の時、家の引越しで転校に。
友達が大好きな私は、学校を去る日
1人1人と握手し、ワンワン泣いていた。



でも新しい学校に行くと、

後ろの席の女の子が「仲良くしてねっ」って

声をかけてくれる。


友達っていいなぁ♡



中学生になると、部活を頑張った。
入ったクラブは体操部。
小さい時から体が柔らかった私は、
レオタードを着て、ちょっとずつ
見た目は女の子に。

(だけど、なぜかあだ名はゴリ…

イヤと思ったことはなかったよ。笑)



部活が楽しいというより、
仲間といるのが楽しかったかな。
女子トーク炸裂で♡


そんな中、14歳の時に両親が離婚。
学校で落ち込む私に、
友達が手紙をくれた。
「いつもニコニコしてるから、
全然気付いてあげれなくてごめんね。
辛かったね。いつでもそばにいるからね」

って。



やっぱり友達っていいなぁ♡


落ち込んでなんかいられない。
親には親の人生がある。
苦労を知る人の根性ってすごい!

子供ながらにすごいなって感じてる

自分がいた。



受験を控えた私は勉強に励み、
志望校の女子高に合格。


セーラー服の女子高生になりました。

 

 


つづく…第2章へ。