KOHI図鑑 -2ページ目

KOHI図鑑

大好きな音楽
お気に入りのバンド
面白かった本や出来事

自分勝手なブログ

こんにちは
KOHI図鑑の古比塚です。

今日の深掘りアーティストは

【Bryan Adams】

ブライアン・アダムス

です。



ブライアン・アダムスはカナダ出身のシンガーソングライター・ミュージシャンです。1959年11月生まれですからもう還暦なんですね。写真家としても活動しているようです。

【初来日時】

何の注目もされなかった音楽祭出演の為に初来日時はダサダサの少年だったらしいです。(最もそれはその後もしばらくは変わらないようですが) キンクスとのツアーでデイヴに挨拶に行った時デイヴにローディーと間違われたと言うエピソードがあります。

【レックレス】

4枚目のアルバム「レックレス」を1984年リリースします。これが世界中でヒットし年間チャートでも、あのブルース・スプリングスティンの「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」に次ぐ2位を記録しました。そのアルバムからシングル・カットされた「ヘヴン」が全米1位を獲得、ここからブライアンの快進撃が始まります。
そうそう、ティナ・ターナーのツアーサポートもしてましたね。

【その後の活動】

レックレス⇨18 til i die までの間に映画関連の仕事が目につきます。「ピンク・キャデラック」と言うクイント・イーストウッド主演映画の劇中歌の詩を作ったりその縁で作品にスタンドマンのちょい役で出演もしています。そして「ロビン・フッド」のテーマ曲も手掛けています。また映画「三銃士」のテーマ曲「オール・フォー・ラヴ」をスティングとロッド・スチュアートと3人でをリリースしています。


【18  til i die 】

wanna be young - the rest of my life
never say no - try anything twice
til the angels come - and ask me to fly
gonna be 18 til i die - 18 til i die
can’t live forever - that’s wishful thinkin’
who ever said that - must of bin’ drinkin’
don’t wanna grow up - i don’t see why
i couldn’t care less if time flies by
18 til i die - gonna be 18 til i die
ya it sure feels good to be alive
someday I’ll be 18 goin’ on 55! - 18 til i die
anyway - i just wanna say
why bother with what happened yesterday
it’s not my style - i live for the minute
if ya wanna stay young - get both feet in it - 18 til i die

a ‘lil bit of this - a ‘lil bit of that
‘lil bit of everything - gotta get on track
it’s not how ya look, it’s what ya feel inside
i don’t care when - i don’t need ta know why
18 til i die - gonna be 18 til i die
ya it sure feels good to be alive
someday I’ll be 18 goin’ on 55! - 18 til i die
ya there’s one thing for sure - I’m sure gonna try
don’t worry ‘bout the future
forget about the past
gonna have a ball - ya we’re gonna have a blast
gonna make it last

若いままでいたい この先ず〜っと
決してノーとは言わない 何度でもトライするんだ
天使たちが迎えに来るまで そして俺に天に登るように告げるまで
死ぬまで18歳でいてやる 死ぬまで18歳さ
永遠に生きることなんてできないさ その考えは甘いよ
誰が言ったんだ そいつは酔ってるんだろう
大人になんかなりたく無い なぜかわかんないけど
時間が過ぎても気にしないのさ
死ぬまで18歳さ 死ぬまで18歳でいるんだ
確かに生きてるってのは気分がいいぜ
いつか俺も55になるけど 死ぬまで18でいるぜ
とにかく言いたいことは
昨日の出来事をいつまでも悩むなってこと
そんなのは俺のスタイルじゃ無いぜ 俺は一瞬を生きる
もしお前が若いままでいたけりゃ 本気で思わなきゃ 死ぬまで18歳だってな

これもチョット あれもチョットって
全てを少しづつ 間違え無いように進むんだ
それはお前がどう見えるかじゃ無く お前の心で感じるものさ
気にする必要は無いよ 理由なんてどうでもいい
死ぬまで18歳さ 死ぬまで18歳でいるんだ
そうさ 生きてるっていい気分だぜ
いつか俺は55年生きてる18歳になってやるぜ 死ぬまで18歳だ
俺は決めてるんだ きっとなってやる
将来のことなんて心配するなよ
過去なんか忘れちまえ
楽しくやるんだ 弾けようぜ
最後まで続けるんだ

※和訳は個人的な解釈です。

【18 Til i die 】はこちらから

https://youtu.be/IsRmeePv3Mo




「95年のクリスマスにこのタイトルを決めたんだ。年齢に関係無く大切なのは心の内側にあるフィーリング」ブライアン談。


【感想】

1996年リリースのアルバムですからこの時ブライアンは37歳と言うことになります。脂の乗った大の大人が「俺は死ぬまで18歳だ」と声えを張りあげています。実は誰もが「そうありたい」と心の隅っこの方で思っていて、でも言葉にすると「白い眼で見られちゃう」から…。そうやってしまい込んでいる言葉を躊躇いなく口にできるブライアンは単純にスゲェ〜!って思ってしまいます。翌年このアルバムを引っさげて横浜アリーナでのツアーライブでは3時間近くぶっ通しで歌ってくれたのを覚えています。ファンクラブの人達を数十名舞台上のセットに配置したり途中でファンをステージに上げて一緒に歌ったりと楽しいライブでした。


時の流れにうまく流されていくことも人間には大切な時期もある。だけどできるなら「今はジッと我慢して時代に逆らわずに生きて行こう」なんて一生思うことなく、エネルギーの続く限り人生のガス欠なんて信じないで全速力で走って行きたい。ブライアンはそれを実践している男だ。永遠に18歳のスピリットを持ち続けて・・・。
※ライナーノーツ小泉圭姫子氏より抜粋


【まとめ】

すでに再三書いているとおり、思っている事をあえて口に出し批判や中傷などものともしない精神力には軽い嫉妬さえ感じます。とは言え口に出すと言う事はそこに責任が生じます。つまり「覚悟」があるのです。幾つになっても自分に正直に生きる覚悟を見習いたいものです。








こんにちは

KOHI図鑑の古比塚です。


本日の深掘りアーティストはこの人

【John Mellencamp 】

ジョン・メレンキャンプ


1951年生まれアメリカ合衆国のインディアナ州出身のシンガーソングライターミュージシャンです。
デビュー当時の名は『Johnny Cougar (ジョニー・クーガー)』でグラムロッカーとして化粧を施していましたがレコード会社を移籍し名前を『John Cougar(ジョン・クーガー)』に変更。1983年に『John Cougar Mellencamp (ジョン・クーガー・メレンキャンプ)』に改名。1991年から本名の『John Mellencamp (ジョン・メレンキャンプ)』を名乗っています。

『Johnny Cougar (ジョニー・クーガー)』時代

先にも書きましたがグラムロックバンドで活躍中にあのデビッド・ボウイのマネージャーに見出されて1970年にデビューしました。がグラムロッカーとして化粧をしてステージに上がる事を良しとしなかった彼はレコード会社を移籍します。

『John Cougar(ジョン・クーガー)』時代

アメリカでの初ヒットは1979年「I Need A Lover」で実にデビューから9年の歳月が流れていました。その後着実にヒットを飛ばし1982年アルバム「American Fool 」で大ブレイクを迎えます。

『John Cougar Mellencamp (ジョン・クーガー・メレンキャンプ)』時代

相変わらずヒットを飛ばしてはいましたがこの頃から音楽スタイルに変化が見られる様になりカントリーやフォーク色が強いアコースティック的な方向に変わっています。ウイリー・ネルソンとチャリティー活動も行っており地方の農村、農家をかなり意識する様になりました。

『John Mellencamp (ジョン・メレンキャンプ)』時代

アルバムリリースと同時にワールド・ツワーを行ったり映画監督と主演を務めたりと精力的に動きますが商業ベースでは成功を収める事はできませんでした。その後もラップ、ミュージカルと色々な試みを行なって行きます。

1991年改名後の1発目のアルバムとなります。
その中の1曲目がこちら。


【Love and Happiness 】

Well, we’re droppin’ our bombs
in the southem hemisphere
And people are starving
That live right here
And they’re tearing down walls
In the name of peace
And they’re killing each other
In the Middle East

But love and happiness
Have forgotten our names
And there’s no value left
In love and happiness

They raise the price of oil
And they censor our mouths
If you are a young couple today
Forget buying a house
And we wage our wars
In the neighborhoods、
We kill the young to feed the old
And man that ain’t no good

Yeah, but love and happiness
Have forgotten our names
And there’s no value left
In love and happiness

So, if you sell arms
Or you run dope
You got respect
And you got hope
But the rest of us die
On your battle fields
With wounds that fester and bleed
But never heal

Yeah, love and happiness
Have forgotten our names
And there’s no value left
In love and happiness

And love and happiness
Yeah, love and happiness
Have forgotten our names
And there’s no value left
In love and happiness

俺達は南半球に
爆弾を落としてる
ここに住んでいる人達は
飢えているってのにさ
その上奴等は壁を壊してるんだ
平和の名のもとにね
そして奴等は中近東で
殺し合ってるんだ

だけど愛と幸せは
俺達を忘れちまってるんだ
そしてもう愛と幸福に
何の価値も有りゃしないのさ

奴等は石油の値段を吊り上げ
そして奴等は俺達の口を検閲しやがる
もしあんた達が若いカップルなら
家を買うなんて事は諦めた方がいい
俺達は戦争の代償を払わされている
老人を養う為に若いやつを殺しているんだ
とんでもないこった

だから兵器を売ったり
薬をきめてりゃ
お前は尊敬されるんだ
そして希望も得られる
だが他の奴等は戦場で死ぬだろう
傷つき血を流しながら
その傷は治りはしないんだ

だけど愛と幸せは
俺達を忘れちまってるんだ
そしてもう愛と幸福に
何の価値も有りゃしないのさ

だけど愛と幸せは
そうさ愛も幸せも
俺達を忘れちまってるんだ
そしてもう愛と幸福に
何の価値も有りゃしないのさ

※和訳は個人的な解釈です。

【 Love and Happiness】YouTube 動画はこちらから

https://www.youtube.com/watch?v=RbzAm_h4hzw&feature=share




【音楽から学ぶ】

この曲の題名を見る限り愛と幸福を小気味良いギターサウンドに乗せて歌っているかと思いきや、かなりシビアでディープな歌詞で正直驚きましたが彼の時代を冷静に見つめる事ができるからこその愛と幸福の表し方を知れた様な気がします。

やはり彼も自分の納得できる事をする為に迷わず環境を変える勇気を持っている事が解りましたし、一つの成功に留まらず進化を止めない、その為のリスクは気にもしない男らしさを改めて感じる事ができました。

【まとめ】

「やりたい事をやりたい様にやる」にはその時の気分や環境によって紆余曲折がある事は承知した上で紡いで行くしか無いのです。そう、時間をかけて…。環境の変化を怖がらないで。

今日も最後までありがとうございました😊



こんにちは
KOHI図鑑の古比塚です。


今日の深掘りアーティストはこちら



【Paul Weller】

ポール・ウェラー


1958年生まれ、イギリス出身のミュージシャン&シンガーソングライター。
「ジャム」と「スタイル・カウンシル」を経て現在はソロ活動中ですね。60年代初頭のムーブメント「モッズ」に大きな影響を受けており、その精神「流行に左右されず自分にとってクールなものを追求する姿勢」がポールのバックボーンになっています。下記の歌はソロ・1stアルバムの曲になります。

【The JAM】

1977年にデビューし1982年に解散しています。世はまさにパンクの真っ盛りにあってその中でモッズスタイルを貫きR&Bにアプローチする事でオリジナリティーを獲得していました。

【The Style Council】

活動期間はジャム解散後1982年〜1990年となります。ミック・タルボットらとバンド結成し1stアルバムをリリース、ジャズやソウルと様々な音楽がミックスされ洗練されたポップスが高評価を受けます。そして2ndアルバムでは全英アルバムチャート1位を獲得し3rdアルバムは全英アルバムチャート2位のヒットを飛ばします。
(Wikipedia より引用)


【Into Tomorrow 】

Into the mists of time and space
Where we have no say over date and place
Don’t get embarrassed if it happens a lot,
That you don’t know how you started or where you’re gonna stop

And if at times it seems insane- all the tears in searching ;
Turning all your joy to pain- in pursuit of learning ;
But a dream and hideaway- can’t escape the sorrow;
Your mojo will have no effect- as we head into tomorrow

Round and round like a twisted wheel
Spinning in attempt to find the feel
Find the path that will help us find
A feeling of control over lives and minds

And if at times it seems insane- all the tears in searching
Turning all your joy to pain- in pursuit of learning
Praying that it will connect- can’t escape the sorrow
Your mojo will have no effect- as we head

Into the stars and always up
Drinking from a broken cup
Whose golden gleam is faded fast
Praying that is has not passed
Into tomorrow

時空のもやの中へ
時と場を超えて
どうやって始まりどこで終わるのか
わからないけど戸惑わないで

そして時にはおかしいと感じ全てが涙に変わる
学ぼうとすれば喜びは痛みに変わる
夢を買いどこかに逃げ込んでも悲しみから逃げる事はできない
ドラッグには何の効果も無い
僕たちは明日に向かって突き進んでいるんだから

ねじれたホイールの様に
回り続けるその感覚を見つける
自分達を見つけ出すのに役立つ
人生と心をコントロールする感覚を見つける

そして時には異常と思える事もある涙を流し探し求めていると
学ぼうとすれば喜びは苦痛に変わる
それで祈りすがっても悲しみから逃れる事は無い
ドラッグも役には立たない
僕たちは明日に向かって突き進んでいるんだから

星を目指し、そして常に上へ向かい
壊れたカップから飲むのなら
その金色の輝きはその場で消えて行くだろう
だからそれがなくならない様に祈る
明日に向かって

※和訳は個人的な解釈です。

【Into Tomorrow 】はこちらから

https://youtu.be/8uiPYcO8IZU




〈このサウンドについての本人談〉

「まるっきり黒人と同じレコードを作る事は不可能だよ。彼らの伝統を考えたら…。ただ最近思ったんだ、この曲は実は僕のやったものの中で黒人音楽のスピリットに一番近いところにあるなって。カッコつけが無くて今の自分に正直な分、そうなんだなって。」


【音楽から学ぶ】

3人バンドの「ジャム」から2人ユニットの「スタイル・カウンシル」へ、そしてとうとうソロへと3回の転職?をして来た彼。実はユニット後期の彼は完全に自分を見失なうほど追い詰められていた様です。と言うのも20歳の若さでイギリスのトップスターになってしまった彼はそれまでジャムで築いて来た世界の外に目を向けます。それまで出来なかった音楽をスタイル・カウンシルで試し、そこでも目標を達成してしまった彼はある意味モチベーションを維持できなくなって行ったのだろうと想像します。でも彼はこれで終わりにはならなかったのです。

彼いわく「一時は本当にもう音楽を辞めて何か他の事をやろうかと思ったくらいだった。でも2年かかってようやく気がついたんだ。他の事なんてやれる訳が無い。これが自分のやって行く事だ。」
「これが僕の人生なんだって受け入れる様になった。仕事とかじゃ無く当たり前の事なんだと。そしてもうそれを正当化しなくてもいいって思ったんだよ。」

【まとめ】

才能ゆえの悩みは凡人の私には理解を超えています。ですが自分の居場所やこれから向かう先の不透明さに対する不安は背負うものによっての大小の差はあるにせよ同じなのかも知れません。ただ踏み留まらない彼の姿勢には心惹かれます。自分を貫く為に自らの環境を変え、それでいて自然体は崩さない、くだらない習慣に流されない強さを強烈に感じます。歳を重ねても魅力が色褪せない少しでも近づきたい男の一人ですね。