卯の花
卯の花は植物の名前としては「ウヅキ」と言います。
昔はどこの小学校からも聞こえてきた唱歌「夏は来ぬ」(作詞 佐佐木信綱 作曲 小山作之助)に
「卯の花の 匂ふ垣根に ホトトギス 早も来鳴きて 忍び音漏らす 夏は来ぬ」住吉大社御文庫蔵『小學新唱歌』(大正15年刊)より
と、卯の花(うのはな)は初夏の訪れを告げる花として親しまれてきました。
また身近な植物であったことは、惣菜としての「おから」を卯の花の咲きこぼれる様子から「うのはな」と呼ぶことからも容易に察せられます。
住吉大社の創建は、遠く神功皇后摂政11(西暦211)年の辛卯歳卯月上卯日、つまりウサギの年のウサギの月の上旬のウサギの日に出来た神社ということで、卯(ウサギ)に関係の深い卯の花も古くより大切にされてきました。
今では暦の上での卯月は4月になっていますが、卯の花が咲く月が卯月だったわけで、旧暦でいうと今の太陽暦の5月が昔の卯月だったわけです。
なので、創立記念日に当たる「卯之葉神事」は5月上旬の卯の日に行われています。このお祭りでは、この植物の枝を「卯之葉玉串」として御神前に捧げる、他社には類を見ない風習があります。
その卯の花が今、見ごろを迎えています。
すみよしの ゆふしでなびく 松風に うらなみしろく かくるうのはな」
謹詠 後鳥羽院皇子 光台院親王(道助法親王) 鎌倉期歌人
満開の卯の花
卯の花の種類はたくさんありますが、境内各所に何気なく生えている卯の花に目を向けてみてください。
第四十五回全国寮歌祭
9日の日曜日に、年休を取って全国寮歌祭に参加してきました。
全国寮歌祭とは、戦前の旧制高等学校及び官公立大学予科のOBが集まる寮歌の祭典である。学生の時に中之島公会堂が会場の時に何度かお手伝いで参加したことがある。大学から学ラン高下駄で駆けつけたものだ。
そんな全国寮歌祭も残念なことに参加者の高齢化で、第四十五回で最後の開催となる。
熱気溢れる会場。
参加校一覧
我が母校の前身、神宮皇學館大學予科の名前が見える。
私も久々に学ランを着ました。。。
精華寮 寮歌
一、若草もゆる倉田山 神世のまゝに花も咲く 春繚乱の花の下 神風一過夢さめて 無象の天を仰ぎては 雄心高き紅顔児
二、世の喧争を他所にして 理想に進む若人の 思索静けき窓の外に 蛍群れとぶ夕まぐれ 誰が歌ふなる懐郷の 調は遠くきこゆなり
三、のこんの星の影うすれ 楠部の里はさめやらず うは白みゆく朝熊山 その崇高やその雄壮 胸に玲瓏の気はすみて 希望の光こゝに湧く
四、秋丘寮に月斜め 空山落葉声もなし 灯影も淡く夜は更けて 山田が原の原頭に 雄魂きたふ益荒夫の 故山に夢は遠く飛ぶ
五、嗚呼熱涙と紅血の 歴史は清く幾千秋 水静かなる五十鈴川 流るゝきはみとこしへに 丘上高く精華寮 自治の灯赤し精華寮
五所御前神符
今日は、五月上旬の卯(うさぎ)の日。
住吉大社では、創立記念日に当たる
卯之葉神事が行われていました。
神功皇后摂政(じんぐうこうごうせっしょう)十一年辛卯歳(かのとうのとし)の卯月(うづき)の上(かみ)の卯日(うのひ)に御鎮座になったと伝えられております。これは西暦でいえば211年になります。
古くは卯月、つまり四月に行われていた神事ですが、太陽暦に変わってからは五月上旬の卯の日に御鎮座記念の祝祭として執行されております。
そして、この地に住吉大社がある始まりとなったのが、こちらの五所御前(ごしょごぜん)。
昔、神功皇后様が住吉大神の御鎮座地を定めようとされていた時に、この場所に生えていた大きな杉の樹に鷺が三羽来て止まったことから、大神の御心に叶う場所であろうと、住吉大神をこの地におまつりされたのでした。
そして、この五所御前にも御札がありました。
明治時代の資料にあるのがこちらの写真です。
昔の住吉大社は、なぜだか星型の印が多いのです。
そして、戦後には絶えていたというこの御札を、
本日の卯之葉神事に合わせて復活しました。
こちらが復活した五所御前切札です。
切札とは、紙一枚の御札のことです。
百年以上の時を超えた新旧二体の御札。
今日で住吉大社は1799年目を迎えました。
















