谷口ジロー『遥かな町へ』のフランス語版、『Le Quartier Lointain』(ル・カルティエ・ロワンタン)を読み終わったのでその感想をば。
この作品を知ったきっかけは今年の日本語の授業でした。
授業の終わりに「何か質問ある?」と訊くと、一人のフランス人学生がこう質問しました。
「先生、日本では、中学生の子どもだけでレストランで食事しようとすると断られるんですか(良く思われないんですか)?」
え~っと、それは状況によるかな。例えばどんな状況?と訊くと、
彼は、漫画で読んだんです。詳しく聞くと、谷口ジローの『Le Quartier Lointain』という漫画だと。
ちょうどその時の授業はラッキーなことに遠隔で行っていたので、Zoomで画面共有をしながら、学生達と一緒にインターネットでこの漫画について調べました。
私は漫画が好きですが、谷口ジローの漫画は恥ずかしながら『孤独のグルメ』しか読んだことがありませんでした。
(漫画版もドラマも好きです)
なので、私が聞いたことがないようなマイナーな(失礼)漫画を良く知ってるねえ、と驚き、
その場では、物語の時代設定が昭和中期~後期だったということで、質問に対する答えとしては
「レストランにもよるけど、高級なレストランとかだったら子供だけで行くのは悪くみられるんじゃないかなあ。
ファーストフードとかは行ってもいいですよ。」と返しました
(この質問への答えについては、後ほど触れます。)
さて、私は知らなかったのですが、谷口ジロー氏はフランスで想像以上に有名でした。
谷口氏自身もバンド・デシネから影響を受けたとおっしゃっているそう。
彼の作品の中でもこの『遥かな町へ』は一部のフランス人のあいだで根強い人気を誇っており、
2003年 アングレーム国際漫画祭 最優秀シナリオ賞受賞
2003年 カナル・バンドデシネ賞受賞
2004年 モナコ国際映画祭 バンドデシネ映像化賞受賞(後述しますが、フランスでこの漫画原作で映画化されています)
などの功績を残しています。
初版が1998年発行なので、自分の年代の人にはあまり知られてなくても仕方ないかという気もしますが…
さて、この作品がフランスで知られているのは何故だろう、この漫画のどんな部分をフランス人は魅力に思うんだろう?と疑問に思った私は
読んでみたくなり、クリスマスプレゼントに、折角ならとフランス語版をリクエストしました。
届いたものを開封してまず驚いたのは、マンガというよりは単行本のようなしっかりした装丁、そして厚みです。
どっしり来ます。(笑)
フランスのバンド・デシネはサイズも大きく装丁がしっかりしているのが多いですね。
表紙の主人公の少年とタイトルが同じトーンの色で光沢加工されていて、こだわりを感じました。
これだけで綺麗で、ずっと取っておきたいと思うようなデザインです。
中身は、初めのページを少しだけ載せますが、
これ京都駅ですね。
私はこの駅の建築が複雑でかっこ良くて好きなのですが、
その建物や、人混みの描き方を見たら分かりますが、細部まで精密に描かれています。
人物描写も日本の漫画と比べてリアル感があり、全体の雰囲気を含めて
私は日本の漫画というよりは、バンド・デシネに近い雰囲気を感じました。
(漫画それほど詳しくないのですが。構図などもバンドデシネに近いのかも)
ストーリーは、中年の主人公が過去を回想し、母の墓を訪れるところから始まります。
不意に意識が途切れた主人公が目を覚ますと、主人公は自分が中学生だった時にタイムスリップし、主人公の体も中学生だった時の自分になっていたのです。
中身(中年の精神)はそのままなので、中学時代に戻った主人公は学校の授業や人間関係でいろいろ無双します
誰しも、一度は考えたことがあるのではないでしょうか?
「もし、○○の時に戻れたら...」
私は大学受験期、(今の頭の中身はこのままでもう一度幼稚園児から天才児としてやり直したいなあ)とか
、
今も、中身はこのままもう一度高校生活を送ったら、また違った青春が過ごせたかもなあとか
よく妄想します。(笑)
結末に触れてくるので詳しいことは書きませんが、
ある意味人生に「疲れている」主人公が過去に戻り、人生を変えようとする物語です(と言ってみた。)
戦後10数年後の頃の話なので、現代よりも日本の当時の家族観や家、文化、風景などが色濃く描かれています。
その点も読んでいて面白いです。 また、漫画全体を通した「家族」「人生」というテーマ、中年の主人公、ストーリー、ノスタルジー、古き良き日本... といった部分が、
一部バンドデシネとも共鳴し、フランス人に人気の理由なのではと思います。
(フランス人は「家族」が好きなの?)
フランス語版のフランス語は、難しくないフレーズが多く読みやすかったです。
日本語版も合わせて読んで、答え合わせとかできるかも。
さて、冒頭の学生からの質問への答えですが、
まず物語内での背景が、中学生になった主人公がクラスの美少女と映画を見に行った(デート!)帰りに、
当時は珍しかったカレーレストランへ連れていくといったものでした。
そこに偶然居合わせた中学校の(元担任の)男の先生が、「こんな所に子どもだけで何してんだ!」と叱るわけです。
うん。いや、悪く見られるうんぬんじゃなく、
中学校の先生が生徒同士だけでお高めのレストランで外食してるの見たら、注意するよなあと
現に、二人はレストランに入り、席に通され、注文し、食べる途中までは誰も何も言ってこなかったわけだから、
周りの大人とか(店員さんとか)は注意しなかったのではと思います。(別に問題なし)
良く知ってる大人が見かけたら、注意するかもしれませんが。
中学校の生徒指導はまた別の話ですね。
なので、漫画を読んだ今その質問に答えるなら、
「中学生の子どもだけでレストランで食事しても、別に悪く見られる訳じゃないが、
高級なレストランだと少し変に思われるかも。
また、日本の中学校は(今は知らないけど)、校則や生徒指導と言って生徒を規律正しく育てるための考え方があって、
中学校の先生は厳しい先生もいて、学校の外で子どもだけで外食してたら、叱ることは良くあります。」
と答えるかもしれません。
フランスの中学校の先生はどうなのか、に関しては、
気が向いたらフランス人に聞いてみます
この『Le Quartier Lointain』は全体を通して、ストーリーや絵が美しく、いつまでも大切に取っておいて読み返したい、と思いました。
また、こちらの作品、前述したように漫画を原作としてフランスで映画化されています。
VIDEO
舞台は日本からフランスに移したようですが。
主人公の男の子役の子がイケメン過ぎてドキドキします
あと、湖?のシーンめっちゃ面白そう
漫画の古き良き日本の世界観を大切にしたかったのでまだ観ていませんでしたが、
漫画を読み終わったので映画も見てみたいと思います!
この作品の美しさに気付いて、大切にしてくれたフランス人たちに感謝です。
このフランス語版タイトル『Le Quartier Lointain』ですが、
"Lointain"の意味は、
1. Qui est ou semble être situé à une grande distance dans l'espace 遠く離れた所にある、またはそう思えるもの。 2. Qui est situé loin dans le passé ou dans le futur 遠い過去、または遠い未来にあるもの。
空間、時間両方の意味で離れたもの。
日本語タイトルも合わせて綺麗な言葉だと思います。