1月1日

 

今年は寝正月だ!!!

体を休めてゆっくりしよう!

 

と思ってた元旦。

 

お寺さんと神社へは初参りして

お雑煮食べて、ゆったりとしていました。

 

そんな時に最初の地震。

震度3位だったので、

大丈夫だな・・・

と思ってたところに

緊急地震速報。

 

スマホから

大きな揺れに備えてくださいのアナウンス。

そしてカウントダウン・・・

 

多分、35秒前からカウントダウンしていたと思います。

 

私が被災したのは富山県。

 

お正月だから、家族そろっていました。

 

富山県は地震があっても

揺れが少なく、大きくても

震度3までしか経験したことがありませんでした。

経験したことがないから、

揺れに備えてと言っても

多分大丈夫だろう・・・

と心の中で思ってたかもしれません。

 

けど、2回目の揺れは想像を超えてきました。

 

我が家は築約60年の古い家だからか、

家全体がギシギシと揺れ

家が潰れるな・・・と感じました。

倒壊したら大変だと思い、

スマホ片手に慌てて家から脱出。

 

次に思ったのは津波。

 

避難指示がまだ出てはいませんが、

我が家は海沿いの海抜5~8m程度の場所。

目の前には田んぼ、その奥に海しかない場所。

東日本大震災の陸前高田、宮古の津波を思い出し、

すぐに山へ行かなきゃと思いました。

 

というのも、あの時、親戚が津波被害にあったので

あの津波を想定しました。

あの時、親戚の人は家も、墓も、工場もなにもかも流され

泣いて、位牌もなにもかも流されてしまった・・・

と連絡してした時の事を思いました。

 

徒歩で避難とか言うが、

徒歩で避難した所で限界が・・・

高台が無いのです。

 

即、車のエンジンをかけ準備し、

家族を乗せ山の方へ向かいました。

途中、近所の人に

「津波くるかもしれんから逃げるよ!」

と声掛けしつつ、とにかく山へ向かいました。

 

いつもはカーナビをTVにしていなかったのに、

偶然にもTVがついててしかもNHK。

(NHKだったのに気が付いたのは避難した後ですが・・・)

 

緊急番組で、

「避難してください!逃げて!」

と何度も、何度も呼びかけられてる気がして、

必死に車の運転をしました。

 

地元の道なので、大きな道を通らなかったからか

すんなりと山の方まで行くことができました。

 

しかし、みんな考える事が一緒なので

かなりの渋滞が起きていました。

 

目標にしていたコンビニ、施設など大混雑。。

どうしよう・・・トイレとか・・・

車で移動したのにも関わらず、

とりあえずの貴重品しか持ち出ししていませんでした。

 

混雑していて、何も買えないな・・・と思い、

山の方から少し下に丁度、親戚の家がある!と思い、

連絡し避難させていただきました。

 

落ち着いたころ、

お腹も空くし、薬とか、

何も持って来なかったので

一度、家に帰宅。

 

それから

 

状況判断して次の行動しましょう!

あと、すぐに避難できように準備しよう!

 

と家族と話し合いしました。

こんな事が起きるなんて誰が想像していたでしょうか?

 

自分の防災意識の低さを痛感しました。

 

とりあえず、

車に毛布、各自バックパックに

荷物の準備をし積み込みしておきました。

 

何を持てばいいのかさえ漠然としてたのですが

自分に必要な物と思い用意。

 

タオル、バスタオル、下着、靴下

治療用機器、薬3日分

これだけで私のバックパックはパンパンに。

 

私の場合、薬が想像以上に多くて大変でした。

服用している薬だけでA4のジップロックがパンパンに。

と言えばわかるでしょうか?

自分が何かあった時、大変だなとここでも思いました。

 

準備して、落ち着いたら

用意してあった

お節を食べて、

避難をどうするか悩み、

結局、感染症なども怖いので

家で過ごそうということになりました。

 

ただ、揺れる事が何度かあったので

不安な一夜をすごしました。

 

幸いにも、お正月なので、

灯油系の燃料、食料はかなりあったので

焦る事もありませんでした。

水は井戸水なので少し心配しましたが、

ちゃんと綺麗な水が出たので安心していました。

 

家族が揃っている日だったから

我が家の場合は良かったと思います。

被害の少ない地域でこんなの混乱したので

被害の大きい地域だともっと大変だったと思います。

 

ある友人の家は倒壊、

あの火災にも巻き込まれ全焼したそうです。

 

命があってよかった。

本当にそう思いました。