昨年の秋、「写真物語2」という番組で忘れられない写真と出会いました。
まず、
この写真をご覧になったことありますか。

有名ですよね。
暗殺されたケネディの棺の前で敬礼するケネディJrの写真。
撮影したのはジョー・オダネルというカメラマン。
ホワイトハウスでトルーマンからジョンソンまで4代にわたる大統領の元で
写真を撮影してました。
カメラマン、ジョー・オダネル。
彼はその後、アメリカ空爆調査団・公式カメラマンの軍曹として廃墟の長崎、
広島を歩きます。仕事用と別にもう一台の私用のカメラを持ち、戦後を生きる
日本人を撮影しました。しかし、50年の間、そのネガが現像されることはなかったそうです。
それは、あまりの無残さから米政府が公開を恐れ廃棄してしまうのを危惧していたから。
番組で紹介されていたのはそのジョー・オダネルが撮影した
戦後日本、長崎でのこの少年の写真

「焼き場に立つ少年」
これだけ残酷な現実があるのかと・・・。
シャッターを押している時、少年におぶわれている赤ちゃんが
もう既に亡くなっていることにジョー・オダネルは気づきます。
そして、これは彼が残していた手紙。
「佐世保から長崎に入った私は小高い丘の上から下を眺めていました。
すると白いマスクをかけた男たちが目に入りました。
男たちは60センチほどの深さにえぐった穴のそばで作業をしていました。
荷車に山積みした死体を石灰の燃える穴の中に次々と入れていたのです。
10歳ぐらいの少年が歩いてくるのが目に留まりました。
おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。
弟や妹をおんぶしたまま、広場で遊んでいる子供たちの姿は当時の日本でよく目にする光景でした。
しかし、この少年の様子ははっきりと違っています。
重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという強い意思が感じられました。
しかも裸足です。少年は焼き場のふちまで来ると、硬い表情で目を凝らして立ち尽くしています。
背中の赤ん坊はぐっすり眠っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。
少年は焼き場のふちに5分か10分も立っていたのでしょうか?
白いマスクの男たちがおもむろに近づき、背中の赤ん坊をゆっくりと葬るように、
焼き場の熱い灰の上に横たえました。まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。
それからまばゆい程の炎がさっと舞い立ちました。真っ赤な夕日のような炎は、
直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。
その時です。炎を食い入るように見つめる少年の唇に血がにじんでいるのに気づいたのは、
少年があまりキツくかみ締めているため、唇の血は流れることもなく、
ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。夕日のような炎が静まると、
少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を去って行きました」
・・もし私が少年に声をかけたら、あの子は崩れ落ちてしまうだろう
ジョー・オダネルははこの少年に最期まで会いたがっていたそうですが、
彼は昨年の夏、その生涯を閉じたそうです。
写真とは
「一瞬の永遠」
なのだと番組で紹介され、この写真がしばらく画面いっぱいに焼きつきました。
ちょっと秋風が吹くころに見たせいか、今頃になって切に思い出してしまいます。
来年も思い出すのかな。
いや、忘れないようにしよう。