ついにクラスで最後の受験生になってしもうた。。笑
友達の合格はほんとに心から喜んだんだけど、ちょっとしてからものすごくしんどくなって、
そして、このしんどくなる気持ちには友達の受験失敗を望んでた部分があるからなのかなって思うと自分自身に嫌気が差すなぁ…
一緒に受験勉強してたときはほんとに合格してほしいなって思ってたし合格したって聞いてほんとに心から嬉しかったんだけどな、、
まだまだ僕はガキンチョだ。
もっともっと強くならないとだな。
やる事やってないのに卑屈になる資格もないや
最近、ここ1週間モクモクがちょっと増えたなぁ
"進むため"から"逃げるため"にモクモクの理由が変わって行ってしまってる。
これだけは絶対にダメだし嫌だ
自分に言い訳しちゃってる、
言い訳することは悪い事じゃないと思うけど、今は言い訳しちゃダメな時だ。わかってる。わかってるから余計逃げたくなる。
話を少し別のものに変えるね、
山月記の授業で先生が
『卑屈になることは大事だ。だけどいつまでも卑屈じゃいけない。前向いて切り替えて進む為に卑屈になるんだ。』
って言ってた。
今回の授業は時間に余裕があったからか、先生は僕らが気付けてない隠れてる進むための道を教えてくれた
隠れた道は何となしに分かってたけど、先生は見えるように示してくれた
とっても有意義な授業だったなぁ
〈幸せの話〉と〈自分の価値の話〉。それとさっきの〈卑屈の話〉。
多分この話は僕の心の奥底に蓄積はされるんだろうけど見えるように先生が話してくれたから
見えるような形で残しておこう。
〈幸せの話〉は
日本人はちっさい頃から『誰々ちゃんはこんな頑張ってるよ』『クラス成績何位、もっといい順位取りなさい』みたいに人との優劣をつけられながら生きてきた。
だから、自分の幸せを決める時は『誰々より劣ってるからダメだ』だとか『下には誰々がいるから私は優秀だ』みたいに相対評価の中に自分の優越感を見出して幸せを感じてる
でもそんなんじゃ一生幸せになんてなれないよ
だって自分のいる世界が変われば自分の順位は変わるのだから。
上には上が必ずいるし下には下がいるんだから、そんなんじゃしんどいよ。だから李徴は一生幸せになれず虎になってもなお自嘲を続けるんだろうね
だから幸せは自分の中で見つけていくもんなんだ、誰かのために努力するんじゃない。自分のために努力するんだ。絵が好きなら絵を書く時は自分の中の幸せを楽しんでる時。絵を描く仕事をしてる人,絵を書くためにはお金がいるからそのために仕事してる人は自分のために努力してるって言えるね
みたいな感じの話だった。
幸か不幸か、僕の母親は人との優劣で評価する人じゃなかったからそこまで他人と比べる性格にはならなかったけど。そして父親は(というか父親の父親が)他人との評価の中でしか自分の価値を見出せない人で、だから何となしには分かってたけどこうやって言葉にして示してくれて初めて理解出来た。
しかも、上には上がいるっていうのもその人によってどこを起点に他人の価値をつけるかもバラバラだからほんとに上の存在にはキリがないんだろうなって思う。
次に〈自分の価値の話〉
さっきの話から進展していってこのはなしになったんだけど、
学校みたいに狭い空間の中だけで自分の価値を決めつけるのは甘っちょろいぞ。
学校では無価値なことが違う世界ではとても価値があることなんてザラにあるんだから。
って話。この話にはこれ以上もこれ以下の意味もないんだろうと思うな。
ある世界では批判されることが別の世界では重宝されるってやつ。
先生は自分の価値はどこで評価されるかわかんねぇから今、無価値な人間でも気にすんなとか色々なことを伝えようとしてくれたんだろな。
あ、そうだ。山月記とはまた別の授業で
〈人は真似をして成長してくんだ。真似をしていって自分を確立していく。自分の個性は必ずある〉って話もあったな、これもなかなか良かった。
まぁこんな感じのことを10分くらいで淡々と話してくれたのです。
話をしながら、話をし終えたあと先生は『どんくらい伝わったかわかんないけど』『あんまり伝えきれてない気がするけど』って付け足してたんだ。なんか妙に引っかかったんだよな
みんなが受信しようとしてなくてそれを感じ取ったからなのかな、
それとも先生の言葉にはフィルターがかかってしまっていてこれ以上にまだ伝えたいことがあったのかな、
僕にはよくわからないけど、そして僕はこれくらいしか受信できなかったけど、それでも尚見える形で記憶しておくべきだと思った。
今回は先生からのメッセージを解答として終わりにしたいと思います。以上。
友達の合格はほんとに心から喜んだんだけど、ちょっとしてからものすごくしんどくなって、
そして、このしんどくなる気持ちには友達の受験失敗を望んでた部分があるからなのかなって思うと自分自身に嫌気が差すなぁ…
一緒に受験勉強してたときはほんとに合格してほしいなって思ってたし合格したって聞いてほんとに心から嬉しかったんだけどな、、
まだまだ僕はガキンチョだ。
もっともっと強くならないとだな。
やる事やってないのに卑屈になる資格もないや
最近、ここ1週間モクモクがちょっと増えたなぁ
"進むため"から"逃げるため"にモクモクの理由が変わって行ってしまってる。
これだけは絶対にダメだし嫌だ
自分に言い訳しちゃってる、
言い訳することは悪い事じゃないと思うけど、今は言い訳しちゃダメな時だ。わかってる。わかってるから余計逃げたくなる。
話を少し別のものに変えるね、
山月記の授業で先生が
『卑屈になることは大事だ。だけどいつまでも卑屈じゃいけない。前向いて切り替えて進む為に卑屈になるんだ。』
って言ってた。
今回の授業は時間に余裕があったからか、先生は僕らが気付けてない隠れてる進むための道を教えてくれた
隠れた道は何となしに分かってたけど、先生は見えるように示してくれた
とっても有意義な授業だったなぁ
〈幸せの話〉と〈自分の価値の話〉。それとさっきの〈卑屈の話〉。
多分この話は僕の心の奥底に蓄積はされるんだろうけど見えるように先生が話してくれたから
見えるような形で残しておこう。
〈幸せの話〉は
日本人はちっさい頃から『誰々ちゃんはこんな頑張ってるよ』『クラス成績何位、もっといい順位取りなさい』みたいに人との優劣をつけられながら生きてきた。
だから、自分の幸せを決める時は『誰々より劣ってるからダメだ』だとか『下には誰々がいるから私は優秀だ』みたいに相対評価の中に自分の優越感を見出して幸せを感じてる
でもそんなんじゃ一生幸せになんてなれないよ
だって自分のいる世界が変われば自分の順位は変わるのだから。
上には上が必ずいるし下には下がいるんだから、そんなんじゃしんどいよ。だから李徴は一生幸せになれず虎になってもなお自嘲を続けるんだろうね
だから幸せは自分の中で見つけていくもんなんだ、誰かのために努力するんじゃない。自分のために努力するんだ。絵が好きなら絵を書く時は自分の中の幸せを楽しんでる時。絵を描く仕事をしてる人,絵を書くためにはお金がいるからそのために仕事してる人は自分のために努力してるって言えるね
みたいな感じの話だった。
幸か不幸か、僕の母親は人との優劣で評価する人じゃなかったからそこまで他人と比べる性格にはならなかったけど。そして父親は(というか父親の父親が)他人との評価の中でしか自分の価値を見出せない人で、だから何となしには分かってたけどこうやって言葉にして示してくれて初めて理解出来た。
しかも、上には上がいるっていうのもその人によってどこを起点に他人の価値をつけるかもバラバラだからほんとに上の存在にはキリがないんだろうなって思う。
次に〈自分の価値の話〉
さっきの話から進展していってこのはなしになったんだけど、
学校みたいに狭い空間の中だけで自分の価値を決めつけるのは甘っちょろいぞ。
学校では無価値なことが違う世界ではとても価値があることなんてザラにあるんだから。
って話。この話にはこれ以上もこれ以下の意味もないんだろうと思うな。
ある世界では批判されることが別の世界では重宝されるってやつ。
先生は自分の価値はどこで評価されるかわかんねぇから今、無価値な人間でも気にすんなとか色々なことを伝えようとしてくれたんだろな。
あ、そうだ。山月記とはまた別の授業で
〈人は真似をして成長してくんだ。真似をしていって自分を確立していく。自分の個性は必ずある〉って話もあったな、これもなかなか良かった。
まぁこんな感じのことを10分くらいで淡々と話してくれたのです。
話をしながら、話をし終えたあと先生は『どんくらい伝わったかわかんないけど』『あんまり伝えきれてない気がするけど』って付け足してたんだ。なんか妙に引っかかったんだよな
みんなが受信しようとしてなくてそれを感じ取ったからなのかな、
それとも先生の言葉にはフィルターがかかってしまっていてこれ以上にまだ伝えたいことがあったのかな、
僕にはよくわからないけど、そして僕はこれくらいしか受信できなかったけど、それでも尚見える形で記憶しておくべきだと思った。
今回は先生からのメッセージを解答として終わりにしたいと思います。以上。