きっとそうだ。
これは自分自身がまだ幼いからきっとこう思ってしまうのだ。
私は決して優しくも心が広くもない。
だからこれはきっと私がまだまだ未熟だから思う感情なのだろう。
最初この感情に気づいたのは小学校の頃だっただろうか。
今でもはっきりと覚えている。
誕生日に母が私にかわいい蝶々と花が刺繍されている財布をくれた。
それは色鮮やかに細かく刺繍されてあって
すぐに私のお気に入りの物となった。
自慢をしたくなる年頃であってもどうしても恥ずかしいと思っていた私は、
決してその財布を自慢しなかった。
他に見せたい気持ちはあるのに、見せた途端
その特別な感情が自分の中で消えるような気がして
学校ではただもらった財布であるように振る舞っていた。
でもとてもお気に入りだった。とても大切にしていた。
そんなある日、その時一番の仲良しであった友達が
その財布かわいいね!と、満面の笑みで話しかけてきたのである。
大好きな友達が、
大好きな財布をほめてくれる。
共感してくれてる友達にとてもうれしかった。
なのに。
その日学校から帰ってきたら財布をなくしたことに気づき、
その日も、次の日も、そのまた次の日も
財布を探してみたが何処にも見つからなかった。
しかしその次の週、教室に入ってみると
私の友達は他の女の子に囲まれていて、
彼女はとても上機嫌に周りの子に何かを見せていた。
そして何をそれほどに見せびらかしているのだろうと思って
近づいたら、彼女の手には私が無くした財布があったのだ。
そこで私は彼女に
「ありがとう!見つけてくれたのね!ありがとう!!」
というと周りの女の子らがいったのだ。
それはあなたのじゃないよ?
彼女のだよ?
もしかしてまねっこしたの?
あはは真似するの速いね!
何勝手に人の物を自分のだと言い張るの?と。
でも彼女が持っていたのは確実に私のだった。
なぜなら彼女が財布をみんなに見せようと開けた時に
見えたカード入れのところに
その頃流行っていたカードゲームのキラキラしたラメのレアカードが
ちらつかせていたからだ。
そのレアカードは私のもう一つのお気に入りのもので、
最初財布をもらった時に忍び込ませた物だった。
いくら訴えても説明しても
私より人気のあるかわいい友達のほうが
信頼されていた。
それが理解できなかった。
悔しかった。
私が以前持っていたストラップも、
次の日には彼女が同じもの買ってきていて、
週の終わりには女の子たちの中でそのストラップが
新しい流行となっていた。
彼女がいつも主人公で私がおだて役、そんな感じだろうか。
私が思いついたものを彼女が自分のもののようにして利用する、
だからだろうか。
財布のことで私を信用しようとした子が一人もいなかったのは。
この歳になってもこういったことはまだ続いている。
いつもは別々で買うのにたまたま
大学の教授へお土産を買いにいったとき、
私が見つけたお土産を手に取ったとき隣で私もこれにすると
横取りをされる。
私が開けたピアスの箇所とピアススタジオに
憧れた友達は、
私と同じ場所へ通い、同じ箇所へ開け、
その後周りには
私が彼女を真似したような口ぶりをする。
私が通う美容院を紹介してくれと
友達にいわれたところ紹介したら、
また私が彼女を真似して通っているような口ぶりをし
スタイリストの方も彼女の言い分を信じ贔屓じみたことをする。
大学の論文作成案でもグループでどういった内容にしぼるか
検討している時私が出した案を否定する友達が
後々その案を使い私と似たようなプレゼンを行った。
なぜ私は何度もこうやって横取りされるのだ、
なぜ私はおだて役になり続けなければならないのか。
なぜ私も主人公になれないのだ、
なぜ他はいつも相手を信じて私を信用してくれないのだ。
それはきっと私の心がまだ未熟だから。
それはきっと私の心が広くないから。
それはきっと私が自分が主人公になりたいと欲深いから。
きっとそうだ。きっとそう。きっとそうであるに違いない。
