1月末に母が亡くなった
1年前に胆嚢がんのステージ4だと告げられて
自宅での緩和ケアを母も家族も望み
痛みに苦しむ事もなく安らかに眠るように
息を引き取った
母が亡くなるということは
母がこの世に生まれ生きた生き抜いたこと
愛し愛され許し許されたこと
そう望み歩んできたこと
母の全身全霊をこのブログに書くことで
母が生きた証を刻みたい綴りたい
全ての人に母を伝えたい知ってほしい
なのに
母のそれを書くこと綴ること刻むことも出来ない
私にとって母の存在が大き過ぎる
私の初めで元で親で家族で仲間で
ただ1人の友で呼吸で命で礎
50にもなって恥ずかしいのだけど
わたしのすべて
自分に出来ること精一杯やってるから
後悔なんてしようが無いと
そう思って思い込んでいたのは
高慢で傲慢で愚かで浅はかで
大人になれていない子供
おかあさん
お母さんの中でどっぷりぬくぬくと
息をしていた
そうさせてくれていたのだと
おかあさん
お母さんの大きな愛に甘えてしがみついて
離れることができなくて
ここまでこれたのだと
おかあさん
お母さんしかわたしの母はつとまらない
つとまらなかった
おかあさん
お母さんを選んで生まれてきたと
今更やっとようやく分かりました
おかあさん
今わたしに刻めるのは
「おかぁあ~さぁ~~~ん!!!」
と大声で叫び呼び綴るだけ
1月23日に母が召天しました。
82歳になって1ヶ月が経った数日後です。
イエス・キリストを救い主と信じるクリスチャンは『我らの国籍は天にあり』とその言葉通り
天国に希望の救いがある事を確信しています。
母もその1人です。
だから母が天国逝くことに不安はありません。
だけど、母がこの世から旅立つことと、その事が
頭と心が、信じる気持ちと思いが一致しなくて、
整理がつかない状況です。
いいねや読者登録など
訪問して下さる皆さんのブログに
落ち着いたら訪ねたいとは思ってはいるのですが、約束できないのが現状です。
m(_ _)mゴメンナサイ。
ご愛読下さってありがとうございます