日帰り名古屋

かなり九月はハードでした
記憶がないくらいハードな理由として
おじいちゃんの葬式やらなんやら
なんか休みっていっても
気持ち的にハイでしたが
今日日帰り名古屋で
ビールがこんなにもうまいのかって思ったのと
普段、寝付きがミラクル悪い私が
戸隠神社にいく途中
うたた寝できたのですが
その夢?らしき時間に
死んだおじいちゃんが出てきて
病気が発見される前の太ってた笑顔バージョンと
棺桶で痩せた、亡くなった時のおじいちゃんがスライド?じゃないけど
でてきて
別に台詞はなかったけど
今やっと
亡くなった。とゆうことに対して
ああ、そうか、と府におちて
目がさめた瞬間に少し涙がでました
思い出をあえて思い出す行為をしなかったけど
今なんか、いなくなったことにたいし
初めてリアルを感じました
なんとなくだけど
戸隠~におりた瞬間に
いやなこととかが忘れることができて
よけいな考えがなくなり
もしかすると
亡くなった。とゆう重大さが浮き彫りになったのと
神様のいる場所に近くなってきたから
ちょうどヒガン?
の時期かなんかで
天国からおりてきたか
まだ亡くなってすぐなので
あえたのかもしれないと
今泣きながらブロガーです。
棺桶に最後花をたくさんいれる時が
顔をかくさないと異常なほど泣きましたが
いまはそれより
よっぽどリアルです
ただなんとなく
ただたんに夢にでてきたんじゃなくて
会えた
会わせてくれた
気がしてならないです
すぐにお母さんにメールしましたが返事はなく
あえて伝えないほうがよかったのかもしれないと後悔しながら
鼻すすって水のんで
寝て
やっぱりそうゆう時も
しっかり足ついて
前あるきつづけて
いける女の子でありたいです
とまらないとかじゃなくて
そう意識していたら
少しはちょっとづつ
かわるんじゃないかと思う
せいいっぱいとは
なんなのかと思う
明日たべるものがない人もせいいっぱいに
明日をつなげる努力はするし
明日たべるものがある人もなにかしらせいいっぱいだし
ただそうゆう
力むことを取り外すことは不可能か?と思う
ただだけど
やっぱり応援、
だれかのおかげで、は
当たり前だけど
そうゆうのがあるから救いなわけで
明日
明後日
明々後日と
つながっていてほしい
昔はそんな
明日
明後日なんて考えなかったのは
今は一日一日に
厚みと重みがましてるからか
重要さに気がついたからか
ただ
花でゆうなら
例えようのない花で
どちらかとゆうと
朝方の霧がかった
山の中の湖みたいに
冷静でいて
どちらにも染まりそうな感覚です
色は激しくない
音は多分
風の音
気持ちは
湖の上を動く
あめんぼのようです