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chi'self observation(NEW)

移転しました。http://ameblo.jp/morincyu/


伊勢内宮には、ほとんどの方が素通りする御倉がある。


御正宮の真西に位置する


御稲御倉ーみしねのみくらー


ここは四重の垣根で守られて直接見ることができない御正宮と同じ、

「唯一神明造」という弥生時代~古代神社建築様式で建設されている。

そばでみられるのはココだけです。


内削ぎの千木ーちぎー(屋根についている羽根のようなものの事)

鰹木(屋根についている丸太のようなもの)

についている金具をまじかで見ることができます。




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ここは神様にお供えする

ご神殿のお米が納められている倉で

御稲御倉神が宿るとされています。


なぜ、ここが「唯一神明造」なのか。

それほどまでに大切だからではないでしょうか。


太陽光をたっぷりと浴びてそだった

お米を守る倉。


それは正に天照太御神の神気を糧に育った

アマテラスの御子たちの倉。


私たち日本人も

この御子たちを主食として生きている

アマテラスの御子。

伊勢ガイドにあわせて、どうしても書きたい記事。

朝からこの言葉が響いてやまないので。



天は自ら助くる者を助く


これはサニュエル・スマイルズさんという方の「自助論」の序文に

かかれている有名な言葉です。


多くは

神は自分で努力して他の力に頼(たよ)らない者を助ける。

なまけてばかりで他人や運を当てはしてはいけない、ということです。

同じ意味のことわざに「人事を尽(つ)くして天命を待つ」があります。

と解釈されていますが


私は釈尊の「自燈明・法燈明」に近い想いを感じます。



人生という未知の暗闇の道を

手探りで切り開きながら進む私たち。



所々に明かりが見える(他者の教え)ので

思わず頼ってしまうことを繰り返してはみるけれど



あくまでもそれは、自分の道には持って行けないことを知る。



不安になるたびに、立ち止まり、明りに戻っては

安心してはみるけれど、



あくまでもそれは、自分の明かりではないことを知る。



このままではいけない。

しかしまえに進めない。

どうすればいい。

神は我を見捨てたもうたか。



打ちのめされ、うずくまり、小さく体を丸めていると、

己の中に

かすかに明かりが灯っている事を知る。



それは

まわりの明かりにしか目がいかなかった己が

内側にも見えなき目があることを知る瞬間



いつ消えてもおかしくないような、

虫の息のような灯


その灯をみぞおちに抱きて

その灯を頼りに道をあるく



頼れば頼るほど自神を持って大きく育つ灯。

己の中に灯は、人生を終えるまで離れることのなきもの



それはいつか等身大を超えて、

周りを照らす。



そして気づくのは、

ひとりで歩いていると思っていた人生の道には

何億もの魂が周りで支えてくれていたこと。



今まで血縁をつないできた先祖の魂。

私の命を支えるために犠牲になった魂。

知ってか知らずか縁あって善悪混合の学びを分かちあう魂。



それらの魂を代表して

今を生きているのが私であることを知る。



どんな悩みであろうとも

どんな苦しみであろうとも



泣き笑いして大いに受けきろうと思う。



私は何億もの魂の代表選手なのだから。



そして気づくのは、

未来さえも明るく照らす、内なる灯。




外宮 御正宮にて、目を閉じ参拝した時に

感じた光は、内なる目が見た私の灯


天は自ら助くる者を助く  

スマイルズさんのようにスマイルでいこう。



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勾玉池

この池の向こうには、

めずらしい「なんじゃもんじゃ」の木があります。

春になると、雪のような真白い花で池を彩ってくれるでしょう^^



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勾玉池の鯉たち。

水面がキラキラと反射してました。


ここの魚や亀さんは霊的存在に

がっちり守られている存在たちです。

いじめたら大変!!



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外宮神楽殿


今回の旅のメインです。

ぜひこの機会に、普段知ることの少ない

神楽奉納の仕組みをぜひ知っていただければと思います。



初穂料

(御神楽を奉納する金額の目安です)


御神楽・・・15、000(倭舞)

大々神楽・・・50、000(倭舞・人長舞)

別大々神楽・・・100、000(倭舞・人長舞・舞楽1曲)

特別大々神楽・・・500、000(倭舞・人長舞・舞楽2曲)



奉納者(参拝者達)が神様に捧げたい想い(神恩感謝等)

神職の方が、取次役になって、代わりにお伝えいただくものです。


申込所で代表者の名前、奉納内容、など書きます。

待合室で呼ばれるまで待ちます。


この待合室にかけられている、

絵画が実にすばらしかったです。


天照太御神が、三種の神器とともにニニギノミコトに

稲穂を授けている様子でした。

(天孫降臨)  この絵を見れただけでも価値があります。


呼ばれて神楽殿に入りました

私たち一家は幸運にもたまたま、

最前列の真正面に座ることが出来たのです。

(70名くらいいたかも)


まずはじめに、神官の祝詞奏上があります。

簡単にいえば、

どこどこにお住まいの誰それさんが、こんなことをゆうてはります~

どこどこにお住まいの誰それさんが、こんなことをゆうてはりますゆえ~

どこどこにお住まいの誰それさんが、こんなことをゆうてはりますことを

お聞きくださいませ。


・・・といった内容を昔ながらのノリト言葉でいわれることです。


何度も何度も繰り返されます。

なのでおおらかな奉納内容をお勧めします。

(現世利益はお勧めしかねます)


神官の奏上は実に流麗で、

コロコロと鈴のようなとても深く美しい声です。

すっかり聞き入ってしまいます。


そういえば

私の舞の師匠は2名いるのですが

そのうちの1人の師匠には、

20年前に神宮巫女として御奉仕された娘さんがおられます。


師匠の話によると

神宮独特の舞は巫女間の口伝えによる伝承だそうですが

時代のためか、

ここですら本来の形が大いに崩れてしまっていると嘆いておられました。


採物(とりもの)~巫女がもつ榊や鈴や扇など~

の角度や、持つ位置、

足の運びや、目線・・・


舞の一挙手一投足には、

神様を讃える最大限の想いと

欲張りすぎないお陰を頂く最小限の想いが込められているのです。


そこがどうしても時代の流れとともに風化してしまうのでしょうね。


ですが、あの神宮の空間で行われる舞は、

やはり独特です。


神気がピリピリ漂っていました。






このあと、お供えのお神酒を頂くのですが、

そのとき使った「かわらけ」(素焼きの酒杯)は持ち帰ることができます。


みが4センチほどもある立派な御神札(大々御神楽大麻)と

神饌(おさがり)を頂いて終了です。



「伊勢へ行きたい 伊勢路が見たい せめて一生に一度でも」

(『伊勢音頭』)

江戸時代、国民の6人に1人が神宮にお参りしたという“お蔭参り”

このお蔭参りで人々の一番のあこがれは、

伊勢で“大々神楽”をあげることだったそうです。



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当時の人々は、ちょんまげ、袴姿や、着物でここを行き交っていたのでしょうね