自分軸モードとは
あふれる情報と、社会の中で
「それは、私らしくない!!」というセンサーが、
ビビビッと反応し、
己の心を閉ざそうとする
「天の岩戸」
が閉まりそうになるのを守る役割があります。
いいかえれば「わたしらしく!」最優先モード。
例えば、
「仕事を辞めたいと感じた時」
・・・やめるべきか・耐えるべきか・何をすればよいか
「ある場所に行かなければならない」
・・・・行くべきか・止めるべきか・ではどこに行くべきか
「苦手な人との付き合いはどうするか」
・・・・・耐えるのか、合わせるのか、拒絶するのか
ホントは違う気もするんだけどなぁ・・・。![]()
「目立つのが嫌」「みんなと同じでいたい」「嫌われたくない」「非常識だから」
・・・と、自分の想いと裏腹な言動や行動をしてしまう場面が
沢山あると思います。
ダンナは、
「だって仕方ないやん![]()
周りの反対おしきって自分やりたいことし出したら、
社会はワガママ、自己中な奴だらけやんけ。
そんなんで経済は成り立たんわ」
と、のっけから断固拒否反応を示していました。
私も会社役員でしたから、その思いは痛いほどわかります。
↓かつての旦那の内なる想い
「家族のために仕事をしている」
「オレがこんなに我慢しているのに、なぜ他人は~~なんだ」
「本当は~~をしたいけれど、周りはきっと許さないから仕方ない」
誰かの反応をうかがいながら、物事を決めていくので
自分の軸が完全に外側にある人生・・・。
外軸の生き方は当然救いも外側に求めようとします。
たとえば
「○○さんが、●●の会で救われたそうよ。」
「××万円はらって、△△を購入したから幸せになれる」
「結婚したら旦那が稼いで当然(BY女)」
「結婚したら女房は家事育児をやって当然(BY男)」
このように考える方も多いと思います。
話をダンナに戻します。
ダンナは独身時代
ダイビングショップで働き、インストラクターを
目指していました。
しかし、家業を継ぐことになり、志半ばで断念。
子供が生まれ、夫婦共々、
昼夜を問わずあくせく働き13年がたちました。
一年前、私はなかば強引に、インストラクター取得のチャレンジを薦めました
「家計に負担がかかるし
」
「仕事に支障出るし
」
「年齢的に体力がおいつかへんし
」
そら、いいわけは腐るほどしてました。
「せっかくもらった命やろ!!
お金なんか、最悪この家売ったらいい!
周りばっかみて、いいわけせんと、
自己中になって
一回自分のために人生つこてみいや!!!
」
私は、本気で旦那に伝えました。
それから一大決心をした旦那は
市営プール
や、市営ジム
、通勤をジョギング
に変えて
体力作りを始めました。
仕事の合間
、移動の途中
、早朝
、寝る前
、、、
コツコツ筆記試験
を始めました。
救いもおのずと、自分の中から湧き上がってきます。
「仕事とトレーニングができるこの健康と、
この環境をささえてくれる家族と、
受け入れてくれる職場あってこそだ。
故意ではなくとも、みんながオレを支え、生かしてくれている」
「自分の頑張りは、自分が一番知っている。頑張ったのは俺なのだから」
「接客対応、忍耐力、仕事での経験は意外な場面で役にたっている」
1年間のトレーニング勉強を重ね、
今月、救急救命士のインストラクター認定試験に合格し、
今月末には、アマチュア最高峰の免許の最終実技に挑み、
年内には、インストラクター試験にむけて、頑張り続けています。
「●●の会に入らずとも」
「××万円はらって、△△を購入せずとも」
己の力で自分軸モードを勝ち取った旦那を尊敬します。
「結婚したら旦那が稼いで当然(BY私)」
「結婚したら女房は家事育児をやって当然(BYダンナ)」
から、今は
「大変な仕事やのに頑張ってくれてありがとう(私)」
「家事育児してくれて、夢支えてくれてありがとう(ダンナ)」
に変化した(と思ってますが(笑))
ときに自己中は
家庭の平和、世界の平和のために
必要なのかもしれません。