家は自営業です。
2年ほど前までは
私もがっつり家業に入り込んで、
会社役員として携わってきました。
たくさんの人々が入社し、そして去っていきました・・・。
自営業といっても
中小企業の経営に苦しいばかりの零細企業。
社員の中には、
・会社のお金に手をつけたり、
・警察沙汰になって、取調室に同行するはめになったり、
・社員の借りたサラ金会社から毎日のように取り立ての電話が入ったり
・裁判沙汰になったり・・・
・発狂したり・・・
・お祓いしてみたり・・・
・暴力団がらみ問題になったり・・・
・脅されたり・・・・
・夜逃げして飛んだり・・・・
それはそれは、「今となっては笑い話」満載です。
当時は必死でしたが・・・![]()
そういえば
今月も泥棒が入りましたしね~~
机やロッカーを金具でこじ開けられてすごい惨状でしたよ![]()
↓
まぁ、被害は痛いですが
社員の命に別状がないんですからバン万歳!!![]()
お陰で少々のトラブルには動じない図太さが身に付きました。
感謝しなくっちゃ^^
必死で駆け抜けた12年間
いろんな人々の
いろんな人生のヒトコマを教えていただけたような気がします。
以下はそんな経験を通して感じることです。
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毎日同じように繰り返されるような人生にも
所々に
自分や家族の病気や事故
金銭面でのトラブルや不安
人間関係での諸問題
などの「壁」
が必ずあるもの
ほんでね!!壁では切符
が買えるんです
3人の人がそれぞれ病気という壁にあったとしますね。
Aさんは「当たり前の健康のありがたさに気づく機会
」だったと捉える
Bさんは「なぜ、こんなに努力してきた私がこんな目に
」と捉える
Cさんは「もうだめだ。何してもだめだ。いっそ死にたい
」と捉える
Aさんは「感謝」の切符を
Bさんは「怨念」の切符を
Cさんは「死」の切符を
自ら購入したことになります。
その先々にある壁で、切符を買いだめしていきます
Aさんは「感謝」500枚 「怨念」55枚 「死」5枚
Bさんは「感謝」55枚 「怨念」500枚 「死」5枚
Cさんは「感謝」5枚 「怨念」55枚 「死」500枚
壁を体験するという
肉体的経験が表面化する若いころ
に対し
肉体的にピークを過ぎ、
精神面が表面化する頃になると
今まで自分が購入してきた切符を使って、
どの人生電車に乗れるか見えてきます。
人生電車は枚数制。沢山切符があるほど
遠く遠くへ旅することができるようです。
いうまでもなく
Aさんは「感謝」の切符で遠くまで、感謝の道のりを旅していきます。
旅の景色や友は感謝の出来事や感謝すべき友です。
Bさんは「怨念」の道のりを行くでしょう。
何事も恨んでしまう傾向がしみ込んでいます。
Cさんは「死」の道のり・・・・。死を意識した世界しか目に入らなくなります。
どんなにやせ我慢をしても→
いつか挽回できると後回しにしても→
誰かに「切符」をおねだりしても→
→「やせ我慢」の切符
→「後回しの切符」
→「依存の切符」
選んだ通りの切符を自分で買っているのだと思います。
誰も代わりに選んでくれません。
「望んだとおりの切符をどうぞ」
神様は全人類にこのような平等を与えてくださっています
コツは、どんな嫌な問題の中にも
「感謝」を見つけることだと思います。
「感謝」は透明になったり、かくれんぼが好きなようです
不平不満の泥んこの中に「感謝」が隠れていることもあります。
不平不満を味わい尽くさねば「感謝」を
じられないことの方が多いかもしれません。
又は
メガネをかけて、メガネを探す私のように
自分が既に「感謝」を手にしているのに気付かないこともあります。
私は、どんなに泥まみれ、土まみれになっていても
うっかりスペアのメガネが溜まってしまっても
心には「感謝」の切符をしっかり握っていたいのです・・・。
終わり
