3月最後の週末。小学校時代最後の野球試合。
岡山のマスカットスタジアムで開会式が行われ、
息子のチームの友達が選手宣誓をしていました!
彼にとっては、すごい貴重な経験だろうなぁ![]()
始球式用のボールは、
ヘリコプターがやってきて、球場に投下される演出。
巨人の原監督、阪神の真弓新監督などから祝電が届き、
「未来の侍JAPANを担う若者たちへ・・・」、
と熱いメッセージを届けてくれました。
その後、第一回戦の試合会場へ移りました。
練習はもちろん公式戦を見にいったのはこれが
最初で最後です![]()
息子の野球に関しては、
完全に全てチームにお任せしていました。
往復20キロ近くある練習場へも、
たくさんの荷物をせおってチャリンこで行かせたり、
近所にすむ監督さんの車に同乗させてもらったり、
周囲から反感をかいそうなほど、私は一貫して息子を放任してきました。
理由は、
好きなことをしたいなら、自分でやれ!
以上です。
かつて所属していたクラブチーム(今とは違うところ)は、
元プロの指導者がいる強豪チーム
父兄間での年功序列や、
ヘドがでそうな、くだらないしきたりがありました。
・高学年までには、移動用のワンボックス大型車を購入しないといけない
・低学年の親は、高学年の親が食べ終わるまで昼食をとってはいけない
・親が手伝いにこない子供をレギュラーにする監督を寄ってたかって批難する
・・・・なんぼでもでてきますが
かつて24時間仕事の自営業だった私は
仕事を徹夜にかえてでも、
息子の野球につきあったり、
監督から可愛がられる息子に対する
父兄の嫉妬におびえる週末を過ごしてきました。
親子共々針のむしろの野球生活で
息子と私は2人とも
毎年、冬~初夏にかけてぜんそくの発作が起こり、
練習前になると、嘔吐したり、腹痛を起こすようになり、
もう無理!!!
5年の終わりに退団することになりました。
6年の夏休み、
私と息子が犬の散歩中に、たまたま出会ったのが、
今のチームの監督でした。
喘息でもかまわない、これるときだけきたらいい
送迎は僕がついでに、連れて行ってあげるから、
ぜひウチのチームにおいで
と言われたのが、
今のチームでした。
内野ゴロもエラーしてしまう弱小チームですが、
とても息子は楽しそうでした。
なにより、
親子共々ぜんそくの発作がなくなったのが不思議です。
今回の試合を最後に監督さんは、
ユニフォームを脱ぎ、代表職に着任されるそうです。
息子をピッチャーとして送り出す際
「思いっきりなげろ!!楽しんで来い!」
といわれたそうです。
おかげで、ノーコン剛速球でフォアボール炸裂でした。
それでも、放任でチームにお任せしてきた
息子は、こんな顔で、
好きなことに打ち込むことができるように成長していました
最後まで投げきる姿を頼もしく思いました。
「試合は負けたけど、スッゲーワクワクした!やり切ったでオレ!!」
そういってキラキラの笑顔を振りまいてくれました!!
監督、チームのみんなが息子を育ててくれました。
ありがとうございます!!



