自分でありながら、周りとも調和する
↑綜海さんの言葉、なんとなくわかった気がした…
点と点が繋がって線になった。
そんな感じ…
スピプロで、2人組になる時に、「ひとりになったら…相手がいなかったらどうしよう…」と周りの様子を伺っていたら、「まずあなたはどうしたいの❓」と綜海さんに投げかけられた。
私は◯◯さんと組みたい→声をかける→カップル成立
声をかけたが断られる→他の人に声をかけてみる
それでも相手がいないなら手を挙げる→綜海さんが手を挙げている人同士、引き合わせてくれる
それでも相手がいない→3人組になってもいいから声をかけてみる
簡単なことでしょ❓
これですぐに決まる💪
そう言われて、目からウロコが落ちた気持ちだった。
ひとりになったらどうしよう〜って怖くて怖くてたまらなくて不安だった気持ちが、拍子抜けした感じだった。
なーんだ、そんなに怖いことじゃないんだ…
体育の時間に2人組を作るように言われて相手がいない…
遠足の時にお弁当を食べる相手がいない…
↑私にとっては、そんなことになったら、死ぬのと同じくらいの恐怖だった
だから、そうならないよう、いつもいつも命をかけて(←それくらいの気合は入っていた)、がんばっていた
そんな私が、綜海さんの言葉で、すごくラクになった。
私みたいに、ひとりになったらどうしよう、ってみんなも思っているに違いない…だから、みんなの様子を伺わないといけない…
それが思いやりだと思っていたけど…
それは違った
パッと見渡した時、「あっ、あの人とおしゃべりしてみたい❣️」そんな風に感じた人はいた。そうしたら、その気持ちを素直に表現してみることは、全然悪いことじゃないんだ…。
私が声をかけたら、その人に声をかけたい❗️と思っている人が、相手がいなくなって困るかも…だから私は声かけないほうがいいのかな…
そう思ってた。でもこれは↑思考の声なんだと思う
魂の望みは…考えなくてもわきあがってくるような、あれやりたい、これやりたい、というような純粋な思いは、愛そのものである宇宙の波動と調和している。
だから、表現しても相手を傷つけないんだ…
もし私がビビビッてきた人に声をかけてカップルになって、その人に声をかけたかった誰かがいたとしても、上記のようにその人も他の人に声をかけると思う。
ただふつうに、「じゃあ私は別の人に声をかけてみよっ♬😊」って、軽やかに。
これが、自分を表現しながらも、相手や周りとも調和している、ということなのかな…と思った。
宇宙と調和した軽やかな波動で、自分の望みをかなえていく…日常の小さなことから。
それは、自分の幸せだけじゃなくて、周りとも調和して、愛を広げていく行為なんだと思った😊
写真は、フェイスブックグループの、「ほっこりの輪、ひろげ隊」の大塚明子さんからいただいた手作りのハート♥️

