昨日東進に通ってると思われる
学生にスカート覗かれたww
あたしスカート比較的
長いのに\(^O^)/←


最近雷雷やら豪雨雨やら
異常気象恐るべしですが
みなさんはいかが
お過ごしでしょうか?

ニュースで床上浸水だの
とゆ話を聞いて
ボートやら浮輪やら
…息吸うやつ(?)
を屋根裏からおろして
備えております←





なんだかんだで夏休み
今日で終わりですよ(-ω-)ハートブレイク
この豪雨雨是非月曜日からも
引き続いていただきたいキラキラ


なんか私いろいろ
鬱ですよ(#^ω^)雷


朝から目の前の公園では
お祭だかで演歌めっちゃ熱唱してる
おじちゃん達いてうるさいし
1日にあれテストの範囲
めっちゃ多くて
やる気おきないし
メールの返事は
返って来ないし
塾から電話くるし
将来どうするのとか
親に言われるし
一応部長の立場あるから
最低部活週5日出よう
としてその上塾行ったら
予習復習やら
学校の勉強出来なくなって
また補習なったらやばいし
でも遊びたいしさ(-ω-)ハートブレイク




でも24時間テレビテレビ見て
なんだか何あたし甘えたこと
言ってるんだろうとか
思ったょ


今日は安眠できるかなラブラブ!←
 この本はそれほど量のあるものではないのにもかかわらず、私はなかなか読み終えることができませんでした。幸田文さんの文章は昔ながらの文体で書かれ、私が日々読んでいるような物語の本にはない書き方であったせいか、内容の波に上手く乗ることができませんでした。その上、一文、段落が結構長く私には少し 読みづらく、文頭ではいきなりたくさんの芸者さんの名前が出てきたため、それぞれの人物像をはっきりと創り出すことができず文を読んでいても内容が頭に入ってこなく、面白みを感じられませんでした。そのため何度も同じ部分を読み返してしまい一向に進みませんでした。言葉一つ一つも現代と違った言葉遣いであったため文 字を追うのにも苦労しました。もちろん私は現代っ子なので略語やカタカナ語であったり、普段使っている擬態語や擬声語が好きですが、この本で使われている日本語にはなにか上品さが漂っていたり、その言葉一つに艶のようなものを感じられました。擬態語や擬声語もよりイメージが伝わりやすい表現の仕方だなと私は思い、そ の点では興味を持ちました。例えば「恐ろしさでがじがじする」確かにその表現はわ
からなくもないですが、私は使いません。このようなとき私は「恐ろしさで思わず震えた」など恐ろしいときの表現方法を考えたときに上手い言葉が思いつきませんでした。そのほかにも「しゃっと挨拶廻りを済ませた」や「対手がぴかっとして、 しかし平然と」など伝わりはしますが、普段日常生活の中で滅多に聞くことがない言葉だなと思いました。ひとつ気になった言葉としては「黒でもなし青でもなし、はげちょろ色に見える。」さすがにこれには私も全くこの色がどんな色なのか想像がつきませんでした。私ははげちょろの意味を調べてみました。すると、「色・染料 ・頭髪などがところどころはげて、みにくいさま。」と書いてありました。要するに見た目がみにくい様子をしめしたかったのだろうと私は解釈しました。
>このような話を母にしてみたところ、使わなくもないと言われました。現代の人たちには表現力と言うものが欠けてきているのでしょうか。しかし普段会話している中で全く不自由は感じません。現代には現代なりに新たな言葉が生み出されてもいるのです。そう考えていくと確かに日本語は難しい言語なのだなと感じら れます。英語などは擬声語、擬態語といったらだいたい決まったあらわし方があり、辞書で調べると特定の単語がでてきます。しかし日本語で表す場合、個人個人でのイメージがあるため基準が決められません。このように日本語には個性があらわれ難しい言語ではありますが、その分表現豊かな言語であると言えます。
 この文章では芸者置屋に住み込む女中の目を通して花柳界の風習や芸者達の生態が丁寧に観察されていて、人々の喜怒哀楽を今では聞きなれない表現によってより詩情豊かに描いているため、言語の魅力を改めて知ることのできる作品でした。




※あくまでこれは
 読書感想文です←