受験勉強を本格始動させた矢先。
ある日、電話が鳴った。 相手は同級生からで、聞けば私を探している音楽家の教授がいるという。
師の学びを仰いだあの頃。少女が成長したら、いつか教えたい。
そう思って私を探し続けていたという。
「音楽はとっくに捨てた」
そう思うも、もう一度、師と呼べる人の隣りで歌いたい気持ちを変えることは出来なかったから承諾する。
どんなにか。
私は心を踊らせ、ドアをノックしたのだが。
そこには「音の学問」しか感じられない音楽家がグランドピアノに腰をかけていただけだった。
「歌っていないのか?」
一発目の発声練習で見抜かれた。
「何故だ?」
私は答える。
「他にやりたいことがあるからです」
そう答えると音楽家は気に入らなそうに、ため息をつきながら楽譜を差し出した。
「きちんと歌おう」
見れば音符が上がったり下がったり止まったり。
私にとっては何の抑揚もない音符の螺旋が、ぐるぐると並んでいるだけの曲だった。
「きちんと」だと?
この私に向かって「きちんと」だと?。
じゃぁ、アンタの「きちんと」って何だよ。
音楽ってのはな、人間がやるもんなんだよ。
コピーでも機械でも無いんだよ。
何か勘違いしちゃいないかい?
何百年前の曲を、何百億人が弾いて、仮にモーツァルトそっくりに弾けたら「奇跡の到来」と賞賛する世界だけが「音楽」って言うのかい?
人は常に死んで生まれているんだよ。
新しくなきゃ嘘だし、演奏家は常に
「自分にしか奏でられない音」
「自分にしか表現できない歌」
を探求するもんなんじゃないのかい?
そんな気持ちが目の前の音符よりも、ぐるぐると霞み、気がついたら溢れる涙を我慢している私がいた。
声変わりしてからの発声練習を施して貰った程度。
頑張って次のレッスンも行こうと考えたけれど、この音楽家とのレッスンは、のべ2回で私から放棄をした。
そんなことよりも、大切な存在があることを思い返したからだった。