仙台に越してきて早や、4年。



主人は単身でその前から来てるから6年。



東京で暮らしていた私は 最初、



転勤で仙台に越す事になったと聞かされたとき



嫌でたまらなかった



仙台が嫌とかじゃなくて、



東京を離れることが嫌で



転勤が決まってから2年間、私は一人



東京で暮らしていました。



いわゆる ‘別居生活’



それから2年がたち、このままではいけない



私ももう限界の歳でもあるから



この辺で子供でもつくっておかなければ・・・



と、泣く泣く!?主人の住む‘仙台’へ



引越して参りました。



そうして いざ、子作りを!と挑んだ矢先に



 「 不妊症 」



と告げられ それから2年半、



右も左も、知人も友人もいないこの土地で



不妊治療に全身全霊をささげました



その甲斐あってか!? おかげさまで



こうして‘宝’を手に入れる事ができました。



最初の頃は、事あるごとに‘東京’に帰りたくて



よく主人に思いをぶつけては困らせていました。



「 なんで、私がこんなとこにいなきゃいけないのよ


 だから転勤族は嫌なのよ! 」 と、



毎日のように 帰りたい と、泣いていました。




 あれから4年―。



この仙台で色んなことを経験しました。



2011年3月におきた大震災



出張で主人もいないその日は



一人ぼっちの私に不安と恐怖が増しました



雪の降る中 真っ暗な避難所の体育館で 



着の身着のまま 寒さと戦いながら



 怖い、怖い、怖い、誰か、話しかけて。



 情報をきかせて。どうなってるの?



 どうすればいいの?怖い、怖い。。。



後にも先にも 人生でこれ以上の経験は



ないと思います。。。



そうして 2012年4月、



奇跡の子 娘っちが この‘仙台’で



誕生しました。



震災では大変な事もあったけど 色んな



思いが芽生え、仙台で暮らすことが心地よいと



感じ始めていました




 先日、主人から「 東京本社に帰る事になった 」



と きかされました。12月頭からとのこと。



あと、2ヶ月もなく仙台とお別れです。



いつかは、この日がくる事と思ってはいたものの



いざ、現実になると すごく淋しいです。。。



 仙台。。。私にいろんなことを教えてくれた街。



そして、大切なものを与えてくれた街。



 ずっとここに、この場所に居たいです。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。