出会い

 

ある日お店を経営している方が高濃度ビタミンC点滴を受けにこられました。

ご夫婦で味にこだわりとてもおいしい○○を作って売っていました。

お子さんが2人いましたが、それぞれほかの道を歩んでいました。

 

ご夫婦で作るその○○は多くの方々の必需品になっていました。

「これが食卓に無いとご飯食べた気がしない飛び出すハート」と言われる程の人気でした。

お休みできない。他の人じゃ作れないニヤリ!ご主人はよくおっしゃっていました。

 

抗がん剤で舌と手の感覚が変わったら死ぬより大変!

 

とご主人はおっしゃっていました。

なので、抗がん剤をやらず、高濃度ビタミンC点滴を選択されていました。

見つかったときステージ4、転移が複数あり、余命3か月といわれたそうです。

 

できるのは長男だけ

 

お仕事をつづけながら3年を過ぎたころ、突然誤嚥性肺炎になりました。

がんは小さくなっていたので、この入院は晴天の霹靂雷雷雷でした。

 

しかも、ご本人は「絶対入院しない!!」と言っていると奥様から電話がありました。入院するよう説得してくださいと・・・

 

そうです。ご主人は○○を作り続けるために入院しないとおっしゃっているのでした。

 

奥様が手となり足となって作業をし、ご主人ができを確かめる。

それで続けられるとおっしゃっていました。

 

私は「当院の院長も医学的に入院を勧めている」と伝えましたが聞く耳を持ちません。

お電話で30分いろいろな角度から話をしました。やっと

「・・・長男に継いでほしかった。あいつはできるんだ・・・そしたら引退・・」

 

なんといっていいのかわからない私は、入院しないと命が危ない。と医学的な事を繰り返すしかできず、2日後入院することを約束して電話を切りました。

 

私だけ知ってた・・・

 

約束通り入院したと奥様から電話をもらい、私たちクリニックスタッフも心配しつつも入院されたことはよかったと思っていました。

 

2週間後、他界されたと長男さんからお電話をいただきました。

泣いているのがわかります。

「父の職人のプライド最に後まで付き合っていただいてありがとうございました。

父の後を継ぎたいと言えばよかった・・・でもきっかけがなかった・・・

それだけが悔やまれます・・・もう父の味は出せないので・・・」

とおっしゃいました。

私はかけることばをなくし、しばらく沈黙が流れました。

お話するのはこれが最後かもと思った私は

「ごめんなさい、お伝えすべきかわからないのですが、ご長男様に継いでほしい。

あいつにはできるんだ、とおっしゃっていました。」と言ってしまいました。

 

私は今もお伝えしたことを後悔しています。

お伝えすべきはあのタイミングではなかったと。

 

家族だから難しい

 

私は家族だからこその遠慮があることを知りました。

ご長男さんは銀行で順調に昇進していました。

お父様はそれがうれしく、応援されていました。

 

ご長男様もいづれ後を継ぐと、結婚前から奥様にはお話しされていたそうです。

 

それがちょっとした口げんかで、ボタンが掛け違ってしまった・・・

そして言えなくなった。

 

私がもし、もっと早く聞き出せていれば、、、

家族だからこその問題に気付いていれば、、、

 

そして、私が出した結論は、がんカウンセラーになることでした。

 

 

病気に主治医がいるように、患者さんの心にカウンセラーがいる。

 

これが当たり前になることを目指して頑張ります

 

皆さんも家族だからこその遠慮や言えないこと、ありませんか?

今の私にはできることがありますラブラブ

 

そしてこの想いを一緒にかなえてくれる、仲間を増やしていきます。

 

       *○○は個人情報を守るために使用いたしました。ご理解ください。