姉が死んだ。
1週間前だという。
姉の友人であり、俺の先輩でもある人からエアメールを受け取った。
買ったばかりの軽自動車でトラックと正面衝突。
軽自動車はトラックの下に引きずり込まれ、炎上。
車は当然、形をなさず鉄くず同然となり、
乗っていた姉も、けし炭となり、何も、ほとんど何も残らなかったそうだ。
結局、身元は車のナンバーと、衝突の衝撃で、外に放り出された鞄の中身で判明したとのことだった。
これで俺は天涯孤独の身になった。
オーストラリアの空は、冬だというのに青く雲一つなかった。
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3日後、約1年5か月ぶりに帰国した。
日本の夏は不快である。空港を出た途端、滲み出る汗。鼻が詰まりそうな排気ガスの匂い。
なんでこんな土地に18年も住んでいたのか、と本気で考えていた。
「お帰り、久しぶりだね。圭樹(よしき)君」
聞き覚えのある丸みをもった柔らかい声がオレを振り向かせた。
姉の親友であり、俺の知り合いでもあった葉子(ようこ)さん。
柔らかい微笑みで、オレを出迎えてくれた。
「…ご無沙汰してます。留守中色々とご迷惑をかけ大変申し訳ございませんでした」
まるで日本語教室に出てくるような通り一辺倒な答えをした。
「元気そうで…、よかったよ」
「…すいませんでした。ご連絡ありがとうございました」
「いいよ、とにかく行こうか」
とロングの黒髪を翻して、一瞬頬に光る何かを隠すように俯きながら、先に歩いて行った。
………
空港から葉子さんの運転する車の助手席に乗り、10分程の沈黙の後、葉子さんが口を開いた。
「本当に久しぶりね。手紙を一度だけもらっただけで…」
「…すみません」
「でも、よかったわ。EMSで国際速達出したんだけど、届くかどうか心配してたんだから」
「…すみません」
「まあ届いたからいいけど、とりあえず、携帯ぐらい教えてよ。連絡とれないと困るから」
「…そうですね」
「ああ、そうだ。日本の携帯ないでしょ?とりあえずプリペイド携帯用意しておいたから、これ使って」
「…ありがとうございます」
といいつつ、左手で差し出された携帯を受け取る。
白い古いなんの変哲もない携帯電話をじっと見る。
「私のナンバーとアドレス登録しておいたから、何かあったら連絡ちょうだいね」
「…はい、色々とすいません」
「さっきから、心ここに有らずって感じね。まあ無理もないか。それとも日本語忘れちゃった?」
「いえ、そんなことは…」
そのまま会話は途切れてしまった。
深い沈黙の後、今度はこちらから話す。
「色々と面倒事を引き受けてくださって、本当にありがとうございました。なんとお礼を言えばいいかわかりません」
「いいのよ、そんな他人行儀な。私と圭樹君の中でしょ。あんなに愛し合った中じゃない」
「………そうですね」
「もう、なによ。ちゃんと突っ込んでよ。そんなわけねーだろとか」
「ああ、じゃあこのままその辺で高速下りて突っ込みにいっちゃう?シン○レラ城とか、ルート○○とか」
「…いいですよ」
「もう!全然本気じゃないでしょ。本当に行っちゃうわよ?」
プンスカというようなSEが聞こえてきそうな柔らかい声を聴きながら
俺は静かに答えた。
「葉子さん」
「ん?なになに?」
「ありがとうございます。元気づけようとしてくれて」
「ん~そっか、そうだよね。お礼を言われるほどのことじゃないわ、だって…」
「そうですか、じゃあやめときます」
「ふふ、相変わらずね、少しは元気づけられたかな?」
自分に対して小さな嘘をついた。
昔のことを思い出しながら、卑怯な俺を責めない葉子さんに対しての
ほんの少しだけのお礼のつもりだった。
姉さん…
謝罪の言葉ひとつもせずに別離し、俺は逃げた。
どうしようもない後悔と絶望
大きすぎる悲しみは
涙すら流れない
ということを知った。