我ながら、我を失いそうな足取りである。ほうほうの体でやっと見つけ出したと感じたものが、にわかに信じるに足らないものになり、僕の足をズルズルと引っ張るかのようである。(”ほうとう”なら喰ってしまうのだが・・・徒歩歩である)
秋枯れの日常散歩道の傍で必死にしがみついていたはずの紅葉が一枚二枚と、恥ずかしげにハラハラと・・・それはまるでパワーを失ったUFOのごとく僕の足の上に重なって不時着する。
「うっほ(嘘)!」と興奮した月の輪熊が遊歩道で仁王立ちしたかのように僕は驚き、一瞬にして三年の時間を過ごした気分に堕ちる。(これだけで、イチ・ニー・サンで年月日が終わるのだ)
ところで、「君の欲しい ものは なんですか?」(冗談でも「石焼き芋」とはいわないように・・・「いいえ、干し芋よ」・・・ああ、君の勝ち!)
そして、「僕の探した ものは なんだっけ?」文字にしようとすればするほどに何故か遠くなる。イライラとはしないが、もし君に聞かれたらきっとモジモジするだろう。(いや、その前に君をギュとして自らを誤魔化すか?)
偶然とはいえ足取りの重量感の上に、はっぱがひとつ、ふたつ・・・爆発する前にこの茫漠とした囚われの心を解放した方がいいやもしれない。(さんぽで危機一発か?早く導火線をさがせ・・・「どうかせんといかん!」と苦し紛れのダジャレを言ってるときじゃない。しかもそれはリモコン着火だろう)
ムズムズする。砂漠から水が滲み出てくるような感じ。身体のどこかで破滅への衝動を抑えられなくなりそうだ。(もはやどうしょうもない)
暮れどきに独りたたずみ、上を向けば(そうだ、窮した時は、この歌だな)熟れきった果実的色彩のグラデーションを見せながら沈む夕陽が目にしみる。(「歩くんじゃないのか?」いい質問だが、ハミングで許してくれよ))
眼前に広がる残り香の芳しき風景を寝処へ帰る黒きカラスが横切った瞬間、僕の曖昧さはひらめきをまた捕まえたんだ。(「へ(え)、そ うかい」などと言ってはならない。そいつはゴキゲンに足元からマタを上がりへそまでたどり着いたわけだ。(「どうだ!」と胸を張ってもいいだろう。が、頭は不可解のままだ。ゴキゲンが台所を這い回るイキのいい虫が濁音を発するようだ)
熟れ熟れの夕陽を食べた感じとでも言っておこうか。(つまりそのひらめきを食っちまったのか?)
甘い、実、私、口にしたわけで、それは「アマイ ミ ワタシ(mine)→ I My Me Mine」と私的変化活用した結果、スパークしたものに違いないんだ。(どこからか?とは聞かないでくれ!すでに喉元過ぎているはずだから・・・)大事なのは君はもう僕のものだというゴーマンな勘違いなのだから・・・。
冒頭にもどれば、やはり、「我、我を信じ続けよう」とみんなで唱和する昭和の人々が多からんことを祈ることになる。(「平和はどうした?否、平成だな」)
『暮れどきに独りたたずむばかりである、が、ひらめくこともある』とういう師走も近くなった季節にカラ余裕で散策している僕の君に贈るお話である。(どうだ、グッときただろう。しかし君はだれだ?しかしギュッとしたい)

ひらめきと言えばこの一文(『ある天才脳の死』から抜粋)を付記しよう。
『・・・好きなだけ考える自由が僕の右左脳に数式や理論が経験値としてストックされた。 ある日、僕がいつものバスに乗ってベルンの時計を見た時、僕の右左脳がスパークし閃光を放ったんだ。
コカインやアンタフェタミンを常習した精神が均衡を破る瞬間のようなものだ。血流が噴出したんだ。ついに奇跡が起こってくれた。僕はやっと気づいたんだ。
「おーっ、靴下が破れてるじゃないか!」ってね。
同時に僕はきっと恥ずかしい言葉も発していた。
「◯ンコ!」後はそれを壊さないようにそっと優しく拾い集めるだけでよかったーー』
この『ある天才脳の死』(ショート・ストーリイ)の全文は、おまけとして『あしゅらカブトムシ』(Kindle版)末尾を飾っております。合わせて読んでみて下さい。
忘備録的追記:
この文章は主題を曖昧にしたまま、創造的結論を読み手が探すように書かれている。勿論僕の中での読み手は君の事である。
CANBEESANTA
秋枯れの日常散歩道の傍で必死にしがみついていたはずの紅葉が一枚二枚と、恥ずかしげにハラハラと・・・それはまるでパワーを失ったUFOのごとく僕の足の上に重なって不時着する。
「うっほ(嘘)!」と興奮した月の輪熊が遊歩道で仁王立ちしたかのように僕は驚き、一瞬にして三年の時間を過ごした気分に堕ちる。(これだけで、イチ・ニー・サンで年月日が終わるのだ)
ところで、「君の欲しい ものは なんですか?」(冗談でも「石焼き芋」とはいわないように・・・「いいえ、干し芋よ」・・・ああ、君の勝ち!)
そして、「僕の探した ものは なんだっけ?」文字にしようとすればするほどに何故か遠くなる。イライラとはしないが、もし君に聞かれたらきっとモジモジするだろう。(いや、その前に君をギュとして自らを誤魔化すか?)
偶然とはいえ足取りの重量感の上に、はっぱがひとつ、ふたつ・・・爆発する前にこの茫漠とした囚われの心を解放した方がいいやもしれない。(さんぽで危機一発か?早く導火線をさがせ・・・「どうかせんといかん!」と苦し紛れのダジャレを言ってるときじゃない。しかもそれはリモコン着火だろう)
ムズムズする。砂漠から水が滲み出てくるような感じ。身体のどこかで破滅への衝動を抑えられなくなりそうだ。(もはやどうしょうもない)
暮れどきに独りたたずみ、上を向けば(そうだ、窮した時は、この歌だな)熟れきった果実的色彩のグラデーションを見せながら沈む夕陽が目にしみる。(「歩くんじゃないのか?」いい質問だが、ハミングで許してくれよ))
眼前に広がる残り香の芳しき風景を寝処へ帰る黒きカラスが横切った瞬間、僕の曖昧さはひらめきをまた捕まえたんだ。(「へ(え)、そ うかい」などと言ってはならない。そいつはゴキゲンに足元からマタを上がりへそまでたどり着いたわけだ。(「どうだ!」と胸を張ってもいいだろう。が、頭は不可解のままだ。ゴキゲンが台所を這い回るイキのいい虫が濁音を発するようだ)
熟れ熟れの夕陽を食べた感じとでも言っておこうか。(つまりそのひらめきを食っちまったのか?)
甘い、実、私、口にしたわけで、それは「アマイ ミ ワタシ(mine)→ I My Me Mine」と私的変化活用した結果、スパークしたものに違いないんだ。(どこからか?とは聞かないでくれ!すでに喉元過ぎているはずだから・・・)大事なのは君はもう僕のものだというゴーマンな勘違いなのだから・・・。
冒頭にもどれば、やはり、「我、我を信じ続けよう」とみんなで唱和する昭和の人々が多からんことを祈ることになる。(「平和はどうした?否、平成だな」)
『暮れどきに独りたたずむばかりである、が、ひらめくこともある』とういう師走も近くなった季節にカラ余裕で散策している僕の君に贈るお話である。(どうだ、グッときただろう。しかし君はだれだ?しかしギュッとしたい)

ひらめきと言えばこの一文(『ある天才脳の死』から抜粋)を付記しよう。
『・・・好きなだけ考える自由が僕の右左脳に数式や理論が経験値としてストックされた。 ある日、僕がいつものバスに乗ってベルンの時計を見た時、僕の右左脳がスパークし閃光を放ったんだ。
コカインやアンタフェタミンを常習した精神が均衡を破る瞬間のようなものだ。血流が噴出したんだ。ついに奇跡が起こってくれた。僕はやっと気づいたんだ。
「おーっ、靴下が破れてるじゃないか!」ってね。
同時に僕はきっと恥ずかしい言葉も発していた。
「◯ンコ!」後はそれを壊さないようにそっと優しく拾い集めるだけでよかったーー』
この『ある天才脳の死』(ショート・ストーリイ)の全文は、おまけとして『あしゅらカブトムシ』(Kindle版)末尾を飾っております。合わせて読んでみて下さい。
忘備録的追記:
この文章は主題を曖昧にしたまま、創造的結論を読み手が探すように書かれている。勿論僕の中での読み手は君の事である。
CANBEESANTA