これだけ情報が氾濫している世の中で、自分にとって必要なものとそうでないものを選り分けるのは、なかなか難しい時もあります。
大事なことは、自分の感覚で判断することであって、「先生が勧めてくれるから」とか、「有名な人が言っているから」というのは、参考程度にしておいたほうがいいでしょう。
最終的に「こうだ」と決めるのは、いつも自分でいなきゃダメってことですね。
本当は納得していないのに、誰々がこう言ってるからと受け入れてしまうのは、自分で考えることを放棄することになってしまいます。
結果的に自分の判断が間違っていたということがあっても、それは自分が責任を取ればいいだけなのですが、誰かの言うことを聞いてしまって違った場合は、気持ち的に引きずってしまいますよね。
間違うことは誰もが経験することですが、間違ったことによって得られるものもあります。
しかもそれは自分の経験値になっていきます。
そしてその後に似たような判断をしなければならない時に、有効な判断材料になりますね。
だからいたずらに間違うことを恐れないことだと思うんですよ。
経験することによって自分のものになっていくわけですから、その判断を他人に頼っていては、いつまでたっても判断の基準が自分の中で確立されませんからね。
僕は自分の子供に対していつも判断は任せていました。
部活や進路のことなど、相談にはのるけど自分で考えなさいという立場を取っていたのですが、結果的に相談されたことはありません。
自立するということはそういうことだと思うんです。
親が行きたかった学校を受験するようにし向けたり、なりたかった職業に就くように説得したりするのは、自分の価値観を押し付けることになりますから、子供のことを思って助言しているつもりでも、それは親の自己満足だし、何よりも子供自身が自分で考え判断するという能力を失います。
激動の時代に突入しましたから、ここから先は一瞬一瞬の判断が大きく作用するようになります。
その時にいちいち迷って判断できずに先延ばしにし続けていると、前に進むどころか後退したり進路を絶たれることもありえます。
自立し、常に判断の基準を自分に置いておくことができなければ、この流れに乗れないばかりか、置いていかれることになるのです。
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