最愛の家族を病気で失ってしまった。
色々手を尽くし出来る限りのことは出来たと思ってはいるが、今は全てが「夢」なのではないかと思う日々を過ごしている。
こういう体験が人を「大きく」させるのかも知れない。にわかに受け入れがたい現実ではあるが、とにかく「人生の意味」を強く考るようになった。また「人は一人では生きられない」という幾度となく聞いた言葉の意味が、今回の数ヶ月でよく解った。
数ヶ月前から準備してきた「富士ヒルクライム」。見合わせようかとも考えた。しかし故人の意向を考えれば「見合わせる」という選択肢は皆無だった。
「富士ヒルクライム」当日、私は最愛の家族の写真を背中に携え、その名の通り「思い出」と共に苦しみのなか峠を越えた。
そして、苦しみを越えた五合目のゴールでは、最愛の人の写真が笑顔で富士山と私をみつめていた。



































