『子宮口が計れんくらい開いてる』
…愕然としました。
今まで恐れていた事態が一気に現実味を帯びてきて、不安で泣き出しそうなのを必死でこらえました。
まずパパに事態を連絡しました。
パパの声を聞いて、一気に涙が溢れてしまった。
パパは冷静に事を受け止めて、励ましてくれました。心強かった。。
この時の病院の対応としては、
ウテメリンよりさらに強い張り止め剤である、マグセントを一気に点滴で流し込み、なんとか鎮静化させようというもの。
呼吸器系の機能が完成するのは34週からと言われてるけど、この時点で私は33w5d。
今生まれたら、自発呼吸ができないかもしれない。
そこでパパがいろいろ調べてくれて、マグセントと一緒に赤ちゃんの肺を強くするためのステロイド系の筋肉注射も打つことを先生に提案してくれて、先生も選択肢としてそれも考えていた為、それも実行。
マグセントは副作用が強く、点滴を始めてからすぐに動悸がして、全身がぼうっと熱くなった。
筋肉注射も痛かった…
けど、赤ちゃんの為。
必死で我慢しました。
でも、しばらく様子を見ても陣痛は治まらず、35週未満の赤ちゃんはその病院じゃ産めないから、いつお産が始まってもいいように深夜1時に救急車で転院することになりました。
それから、マグセントを投与してしまった為陣痛が長引いて、けっこう苦しんだ。。
そしていよいよ陣痛が4分間隔になってきたので、分娩室に移動。
覚悟を決めました。
分娩台の上で破水してからは、そりゃもう絶叫

叫びすぎて医者も引いてたことでしょう

とにかく、そうして午前9時17分、1902gの小さな女の子を出産したのでした。
はなは、産まれてすぐ、大きな声で泣きました。
それを聞いた瞬間、ほっとして涙が止まらなくなりました。
横でずっと立ち会ってくれたパパをみたら、パパも目に涙を溜めてて。
それを見て、また泣いた。
その後はなを少しだけ抱っこさせてもらったら、はなはすぐにNICUに連れていかれました。もっと寄り添っていたかったな…
でも、今回の妊娠~出産は、本当に夫婦二人三脚で乗り越えて、絆がかなり強くなったと思う。
8kgくらい痩せてしまうほどつわりがひどかった時も、パパが側で支えてくれた。
家事も積極的にやってくれて、毎日ハグしたり愛情表現してくれたのがすごく支えになりました。
出産の時も、もちろん東京から親族なんて間に合わないから、ずっと2人きり。
陣痛に苦しむ私をずっと労ってくれて、破水して絶叫しながらいきむ私をずっと励ましてくれた。
痛みを感じてる本人も辛いけど、その状況を1人で受け止めないといけなかったパパも相当辛かったと思う。
けど、たった2人で突然の事態を、苦しい陣痛を、出産を乗り越えられた。
全てが終わって、病室のベッドに横たわって眠りに落ちそうな私の手をずっと握って、愛しそうに名前を呼びかけ続けてくれたのが本当に嬉しかったです。
東京で出産する予定だったけど、思いがけず広島での出産となって、相当焦ったけど…はながパパとママの絆をより強くしてくれたんだね。
はな、生まれてきてくれて本当にありがとう

花梛の『梛』の葉は、男女の縁を強くするおまじないに使われてたんだよ。
本当にその通りの子が生まれてきたこと、本当に嬉しいです。
そして、梛は、広島•熊野の御神木。
『風が凪ぐ』というのにかけて、船乗りが航海に出る際に、御守りとして持ったのも梛の葉でした。
神様の御加護がありますように。
人生という長い航海を、平穏無事に渡り終えますように。
名前には、そんな願いも込めました。
神様がはなちゃんを守ってくれたのでしょう。
いつか、この話をはなにしてあげたいと思います
