家から車で40分程の場所にその病院はあった。
その日はなんだか朝から緊張していて向かう車中でも何度か泣きそうになった。
病院に着くと涙が出てきた。
まるで死刑宣告でも受けるかのような重~い気分。
canはドライブを満喫したようでゴキゲンだった。
担当となった医師は、優しそうなおじいちゃんって感じの風貌で少し怖さは消えた。
自由に動き回るcanをじっと見ていた。
一通り成育歴や、家庭での様子、何をして遊んでる、苦手な事、不安に思っている事について質問される。
「家では、ピョンピョン跳ねたり手をヒラヒラさせたりグルグル回っています。
高い所が好きです。発語は有意語はなくてジャーゴンっていうんですか?そんな感じです。
まだ添い乳があって、暗くしたら寝ません。紙パンツです。
月齢に合わせてオモチャを与えても興味が薄く本が好きです。とりわけタウンページや辞書をスゴイ速さでめくります。魚ご飯しかたべません。
不安なのはこの子の発達についてです。この子は…普通ではないんじゃないかと…」
言ってて自分の声が震えているのがわかった。 医師は支援センターの先生が書いてくれた手紙を読んでいる。 沈黙…
もー!何か言ってよー(ー ー;) 鼓動が早くなる。
医師はこちらに向き直ってこう言った。
「お母さん、後ほど詳しい発達の検査をしようと思いますが、広汎性発達障害だと思います。」
あー、うん。そっか。知ってる、ネットでさんざん見たよ。…やっぱりか…(T ^ T)
「お母さん?この子ね、人をよーく見てる子だよ。賢い子だよ。人を好きな子だよ。発達障害だからって終わりじゃないんですよ。言語療法や作業療法ってあるから、それ入ってこの子の事伸ばしてあげるんですよ。彼の良いところを伸ばせるんですよ。お母さんの気持ちですよ。やってみませんか?」
賢いなんて、思いもよらない言葉だった。
今思えば、それは親が子の障害を受容できるように、親が諦めてしまわないようにという医師のリップサービスというかそんな感じなんだろうなと思う。
でもその時の私は、「賢いとかマジで?!canすごいじゃーん!(≧∇≦)」と心の中で喜んでいた。
単純である。
さらに私を喜ばせたのはcanを伸ばしてあげられるんだって事、canにも皆と同じように未来もあれば可能性もあるんだという事を初めて他人から言ってもらえた事。
すごく、嬉しかった。
「周りに追いつかせる為にやるんじゃないんですよ。そこは勘違いしないでね、彼の速度があるから。彼のできること一つずつゆっくりでいいんです。」
うん、わかります。
私、そんな風に考えた事なかった。canができた時描いた未来図は全部「無」になってしまった。
いろんな事を諦め続ける人生しかないんだ。そう思っていた。
だけど、そうじゃないんだよな。canにも未来はある。canにしか辿りつけない未来がある。
私がそこを摘み取るなんて、おこがましい事なんだ。たとえ親であっても。
canの可能性にフタをしてはいけないんだ。周りなんて関係ない。普通か普通じゃないかなんてどうでもいい。
canはcanだ。愛する息子だ。そして、一人の人間だ。
「先生、その言語療法とか作業療法とかお願いします!((((;゚Д゚)))))))」
「わかりました。お母さんが焦らずゆっくり、ですからね。(;^_^A」
「はい!ありがとうございました!」
病院に到着した時のどんよりとした気持ちはどこへ行ったのか、私は晴れ晴れとしていた。
私にとっては診断がついた事はもちろんショックではあったが、次への道標となる事でもあった。
自分がどうあるべきか、何をして、何をしないでいけばいいのか。
そんな事が少しだけ見えた気がした。canをより一層愛おしく感じた。