21歳の手紙
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就職組の理論


一生懸命考えたことが必ずしもその人間の本音とは限らないし、突然思い立ったからと言って、それが軽薄とも嘘ともいえないのじゃないだろうか
―三浦綾子「塩狩峠」


駅で、リクルートスーツを身にまとった、学生をちらほらみかけるようになってきた。


また、就職活動の時期がやってきたんだな 去年の自分の姿とちょっと重ね合わせてみる。

今年もまた、自分の本当にやりたい仕事はなんだ、なんて真剣に考えて思い悩んでいる学生のどれだけ多いことだろう。 

しかし、思い悩んだからと言って、自分のことがよくわかるわけではない。
自分の思考をいくらこらしても、発見することなんてたかがしれている。

夢や自分の指針がもてなくて、焦る人は、無理につぎはぎの夢や指針を求めようとする。

しかし、もってないものを持っているふりしなくてもいい。社会人になるからといって全部完璧にプランニングしなくてもよい。ゆらぎも、不安もあるのが当然だと思う。

もし決めきれないことがあるのなら、ゆっくりのんびり決めていけばいい。

しかし、この「ゆっくりのんびり」を脅かすものが常に存在する。
他人の干渉である。


他人の干渉をさけるには、どうすればいいか。 それは真っ当な生き方をしているフリをすることである。「ちゃんとやっているんだ」と思われれば、こっちのものだ。


よく「もう少し将来を考えたいから」といって、留年したり、休学したり、就職する意欲すらなくなってしまう人がいる。 だが、働いて身を拘束されるよりも、他人の言葉や視線に拘束させるほうがよっぽどつらい。 (他人の目が全く気にならない人は別だけど)


実は、とりあえず真っ当に働くほうが、よっぽど思考は自由なんじゃないかとわたしは思う。とりあえず。うん。とりあえず。


なんとなく入ってみたけど、仕事が思いのほかやりがいがある、っていうこともありうる。逆に、思った以上におもしろくない、っていうこともありうる。運悪くそういう状況に置かれたら、仕事をやめて貯金で、海外にでもふらり旅をしてみようかしらん。

そう、つまりそのとき次第ってことで。なげやりだろうか。わたしの考えは。
そうでもない。よね。

いくつもの顔

後世へ遺すべき物は、お金、事業、思想もあるが、誰にでもできる最大遺物とは、勇ましい高尚なる生涯である。―内村 鑑三


地方出身で東京に出てきている人から、
「地元に帰ると、落ち着くけれど、年々ギャップを感じるようになってきて疲れる」という話をたまにきく。

地元に戻ってみると、友達や周りは昔のまんま。知り合い同士で、結婚なんかしている。仕事の話や、給料の話なんかは到底できない。話題が違う。


「東京人ぶって」と思われるのが、いやなので、自分も全く昔と変わっていないように振舞ってしまうと言う。 そういう風に、場面場面で、自分を使い分けている。


こういう使いわけは、地方の出身の人でなくても、日々の生活で、意識、無意識関わらず、誰もがやってしまうものだろうと思う。

地元と東京。家庭と仕事。恋人と友達。女と男。


たいていの人は、自分というものをうまくバランスとりつつ、自分が壊れない程度に使いわける。


けれど、いろんな自分の顔の間を翻弄して疲れてしまったり、自分がどうしたいかわからなくなったりする人もいる。


本当の自分って・・・までいくと、ちょっと深刻すぎるけれど。そういう危機に瀕したとき、人は、自己の統一へ向かうと思われるけれど、逆に走るパターンがあるらしい。

「もう1人の全く違う自分をつくる」のだ。統一ではなく完全な分断を望む。

このコトバは、つい先日、K県出身新の知り合いから、さらっと発せられた。わたしには、ちょっと衝撃的だった。

会社経営している26歳のトシオさん(仮名)。もう1人の自分になるときは、24歳、タカシ、フリーターというふうに。

あいまいなラインに別れているそれぞれの自分の顔を、きっぱりわかれさせるのだ。 1人の自分では、耐え切れないものから解放されるために。

もしくは、ありのままの自分には、味わいきれない違う次元の楽しみを得るために。


なんだかじわじわと増えてきているこの現象、奇妙な危機感を感じるのは、私だけだろうか。

とつぜんのメール

恋は人を無能にします。 ―新ハムレット(太宰治)

わたしは、男の子とつきあって長く続いたためしはない。

3ヶ月目に壁があるとよく言うけれど、わたしは、その3ヶ月の壁をのりきったのは、過去に1回しかない。

なぜそんなにショートタームなのか、というのはまた後日においておいて。
先日、その唯一少し長く続いたカレから、一年以上ぶりに、突然のメール。 

しかも、ブログを書くきっかけを与えてくれた思い出の写真に写っている張本人である。

わたしたちが別れたのは、ちょうど去年の秋。 同棲をするか、という話にまでなっていた仲だったけれど、わたしが別れを切り出してしまった。

カレは、T県出身で、もう地元の百貨店に就職が決まっていて、 4月になったら、実家に戻ることになっていたので、付き合っていたとしても、遠距離を続けるしかなかった。だから別れの予感は常に感じていたのである。

実は、別れてから、わたしから、カレに2回ほどメールしていた。

虫がいいけど 相手のことが大事な気持ちは変わりなく、いつか道であったら笑顔をかわせたらいい、なんて思っていた。

携帯の番号が変わったとき、就職がきまったとき、浅はかにも返信を期待して、メールをうった。でも、返信はこなかった。しかたないと思った。

最後にメールをうってから、半年以上。 カレからのメール。文章もたどたどしいけれど、すごく心が伝わってきて、ひさびさに温かい気持ちになった。

恋人は気が合うというのが、ベストというものだとしたら、わたしにとってこの人が、ベストなのだろう。

でも、恋人に何を求めるか、何をしてあげようと思うか、それがお互い食い違っていると、やはりどちらかが求めすぎたり、見当違いして頑張って逆に相手の重荷になったりしてしまう。

まぁそんなこといっても、わたしの場合は、相手が鏡になって、自分の未熟さやエゴをみてしまう。そこにたえられなくなって別れてしまう。それを繰り返してきたんだけど。。。

自分が成長してないと、人とつきあうことができない、って昔ある友達が言っていた。そのコトバの意味は、当時はわからなかったけれど、今になったらわかる気がする。

プロローグ

大事な人、といっても一口に恋人じゃない。

思い出すだけで、笑みがこぼれてしまうような思い出を共有した友達。「あぁー、あんなあほなことして」っていう感じの。

みんな今ごろは、違うところで、違うことを、恋人と仲むつましげにしてるか、ゴハン食べてるか、仕事で頭抱えてるか。世界を旅しているか、わからないけれど。

そういう人たちに向けた手紙を書こうと思った。けれど、過去を顧みているみたいでちょっとかっこ悪いから止めた。

過ぎ去ったものを追い求めたり、過去をもう一度やり直そうとか言うのは、やっぱりカッコわるい。グレートギャツビーじゃないしね。

ただ一生懸命生きた痕跡や温かい思い出は、今のわたしがくじけそうなときや、なんらかの岐路にたたされて苦しいとき、やさしくやさしく包んでくれる

今のわたしがすべきことも、今のわたしの足跡を残すこと。未来のわたしや、他のだれかをやさしく包めるような何かを残すことなんじゃないか。

手紙のように、大切なヒトへ伝えたいことをここにしたためよう。

・・・なんて、カッコいいことをいっても、結局これは、正直いってしまうと自己治癒である。

わたしのアタマの中で整理でききれてない、いろんなものが鬱積している。21年分のまったくぐちゃぐちゃで荒れ果てた本棚を、すこしずつでも、かたづけていく。

予想つかぬ作業だけれど、どこまでできるか、ここで実践してみようと思う。