家には 石油ストーブがひとつある
2019年に買った物のようだ
家の暖房は 薪ストーブ
風呂は 薪で沸かす風呂
父親のこだわりで
山暮らしをするには
自然の薪を使って
まかないたいという
憧れもあっての選択であった
元気な時はいい
山から引っ張り出して
薪を作って
自然の恵みを受けて
田舎暮らしを 満喫出来るであろうから
しかし元気でいても
私は薪風呂は使わなくなった
一から薪で沸かすと
2時間半くらいかかる
しっかり付きっきりで火番して
夕方3時くらいから焚き始めて
暗くなるころまでかかる
私はそんな生活はやってられなくなり
一年中 シャワーになった
去年2021年は一年を通して
一回も 風呂に浸かっていない
たまには 薪風呂も
火入れして使わないと
駄目になってしまうなと思いつつも
薪を消費するのも勿体ないし
第2キャンプ場のシャワーも
たまには使わないと壊れてしまう
一石二鳥でそうなってしまった
お客さんに提供する薪を
父親は手で割っていた
今でも錆付いた 斧がある
自分の家で使う薪と
お客さん用と
ずっと手で割っていた
しかし2019年の冬には
身体が悪くなり
とうとう薪を作れなくなった
お客さんにも薪は 無いと言っていたと思う
薪ストーブの 薪が無くなってしまい
暖も取れなくなり
どうしようもなくなって
石油ストーブを買ったのだと
母親は言っていた
そのころの話はあまり
したがらないので
詳しくは聞いてはいないが
年を取って病気して
身体が効かなくなって
寒くても 薪を集められない
だから石油ストーブを買う
そのストーブでどれだけ暖まったろうか
そばで見ていた母親は
そういうてん末をどう見ていたろうか
自然の中で生活をするというのは
情け容赦の無いところがある
手の平を出して 薪が自ら乗って来ることは無い
父親の死後
私は薪割り機が欲しいと言った
別に買って欲しいという意味ではなく
必要 だと伝えた
一生懸命 自然に立ち向かい
大々的に薪作りをすることになる
親の仇 ではないが
薪を作れなくなる
石油ストーブを買うことになる
そんな 悲しい思いを
大量の薪を作ることで
癒していたのかもしれない
確かに沢山 薪を作ることが出来たし
お客さんにも存分に提供できるようになり
私自身は良かったなと思っていた
でも思い返してみると母親は
一度も 嬉しそうな顔はしてなかったな…
そう思う
今回、私は身体を壊した
動けなくなっても
天気が良いと薪を作れるのになと
薪の事ばかり考えている始末
四六時中、薪に関する仕事で手一杯だった
沢山の時間 考え
薪に関して
一から考え直す事が出来た
そして薪の販売を 終了することに決めた
これは父親の意志でもあるし
母親の意志でもある気がした
山の意志でもあるし
自分の意志でもあるだろう
少しだけ 「 自由 」 になったのかな
そんな気がしている。