永い眠りだった。
猫のように永い眠りだった。だが吾輩は猫ではない。
いったいどれくらい眠っただろうか。
脳味噌はとうとうと耳から流れだし少し離れたところに淀んだ沼のように微睡んでいる。
痛みは既に感覚から分離し、建て売り住宅のように傍らに佇んでいる。
怠慢を極めた心臓が忘れた頃に脈打つ。冬眠中の蜥蜴の心臓でももう少しはましに機能しているのではないだろうか。


夜の女王のアリア。
「昼下がりの夜の女王か。もう少しいい選曲があったんじゃないのかな。」

音が段々近づいてきて鮮明になって行く過程で現実が幻想を打ち破る。

美しいはずのソプラノは、平均的、男性的なひび割れた悲痛な音色に変換される。小鳥のような囀ずりをくびられた小鳥たちの断末魔が上書きしていく。

「これを僕にどうしろって言うんだろう。」不条理な思いを抱きつつも、これはルールであるから、やめておくと言うわけにも行かないのである。

「我々は自由を得るために創ったルールに自由を縛られている。」とニーチェあたりが言わなかっただろうか?

しかし、それなしには彼は存在できないのであり、彼はまた無条件に存在していたいのである。

ルールとしがらみにはそう言う意味でたいした違いはなく、どちらも面倒臭いという理由だけでやめることが出来ない場合がままあるのだ。

彼は哀しい健三に心を重ねつつ丁寧に響を重ねていく。