幸子は、純白の大理石の廊下に敷かれたビロードの赤いじゅうたんの上を美しい白鳥の羽毛のドレスを颯爽とひるがえして、ゆっくりと進んでいた。
幸子のドレスのすそを静粛な顔で抱えて、歩く子供の魚あひる達はときどき、つんのめっては慌てて立ち上がり、幸子についていく。廊下の左右には、うやうやしくお辞儀をしたまま、人形のように動かない魚あひるの衛兵達が立ち並んでいる。
幸子は幼いころからの夢だった「王子様との運命の出会い」を29年目にして今やっと、叶えようとしていた。
ここまで辿りつくのに本当にいろいろあったな・・・と幸子はあと数歩のところに
見えている扉、白い木目の美しい草花や見たこともない生き物達の姿が彫られた
重厚な扉を見つめながら、思い返していた。
(社会人にして初めての失恋・・・あれは確か、23歳の新入社員の時、5つ上の無精ひげの素敵な王子(先輩)だった・・・。片思いしてるうちに結婚するって知って、告白するチャンスを逃しちゃって、密かにあきらめたっけ・・・。)
(次の恋は確か・・・26歳の時、友達に連れられて行った飲み会で知り合った一つ下
の若い王子(男性)・・・。あの王子にはふりまわされたな・・・。デートにはいつも遅刻するわ、食事してもいつも財布を忘れておごってばかり。貸したはずのまんがもDVDも帰ってくることはなかったし・・・。でも、結局、別の国(地方)に国代え(転勤)になって、ついて来てってプロポーズされたけど、迷ってるうちに相手の方の気持ちが覚めちゃって、ジ・エンド・・・。)
次の恋は確か・・・・、と幸子が次の王子(男性)のことを思い出そうとした時、幸子は扉の前に辿りついていた。
12時の鐘が鳴った。
幸子は、ごくりと唾を飲みこんだ。心臓がとくっと音を立てて動いた。
(この扉の向こうに、待ちに待っていたひとがいるんだ・・・)
期待に胸をふくらませた幸子の前で扉がゆっくりと開かれた。
金色のまぶしい光が降り注ぎ、幸子は目がくらみ、よろめいた。
その幸子の腕を抱きとめるたくましい・・・男性の腕。
なめらかな、かすかに潮の香りのする・・・綺麗な白い肌をしている。
「大丈夫かい?」
耳に心地よいバラードを聞いているような、この声の主は・・・きっと王子様だ。
幸子はおそるおそる見上げた。
そこにいたのは、一人の、ちゃんとした「人間」の姿をした男性だった。
その男性、プリンス・ミルタックは、朝の光のような美しい金色の髪をし、大理石の彫像のように美しい面立ちと鍛えられた肉体を持ち、世の乙女を狂わせてしまうような危うげな薔薇のように整った唇をして・・・・深い藍色の目をして、幸子を見返していた。
ミルタックは幸子がまさに幼いころから夢に見てきた
完璧な「王子の中の王子」だった。
幸子はうっとりとミルタックを見つめて、そう、思った。
ミルタックは、幸子のそんな表情に、やがて目をふせ、眉をくもらせて、幸子を支えていた腕をそっと離した。
ミルタック「あなたは今、僕を見て、そして、どう、思われましたか?」
幸子はすぐにも(あなたは今まで出会った王子の中で一番のイケメンです!!)
と言おうとしたが、悲しげな目を見せたミルタックになぜかそう答えることが出来ず、
どう答えようかと、戸惑った。
「あなたは、僕の姿に驚き、そして失望したでしょう」
幸子、慌てて言葉を返そうと口を開いた。
周りの魚あひる達が、ごくっと息をのみ、幸子の言葉を待っている、
そんな空気にあたりが包まれるのを幸子は感じた。
幸子は、戸惑った。(一体・・・どういうことなの??)
ミルタックはとても、とても、悲しそうに苦しそうに見えた。ずっと長いこと、声をあげて笑うことを忘れてしまったようにその唇は固くきつく結ばれていた。
幸子は、そんな表情をどこかで見たことがある・・・と思った。
そして、ミルタックを見つめ、正直に言った。
幸子「わたし・・・あなたの姿に驚きました。
それは、あなたが・・・・とても美しかったからです」
ミルタック、幸子の言葉に首を横に振り、大きくため息をついた。
周りの魚アヒル達もミルタックをまねるように同じ動作で応じる。
ミルタックは幸子から目をそらし、背を向けて、一言、こう言った。
「ジンジャー、マントを。あと、このお嬢さんを彼の国へ御返しして差し上げなさい」
ジンジャーは、マントを王子に渡そうとするが、躊躇う。
「ジンジャー、早くマントを。馬を呼んでくれ。でかけてくる」
ジンジャーは悲しげな目をして、ミルタックの肩にマントをかける。
ミルタックはマントをはおり、その紐を胸元できゅっと結ぶと、幸子に一礼した。
そしてその目に悲しみをまだ浮かべたまま、でも、うわべの微笑みとわかるような
笑みを浮かべて言った。
ミルタック「何度もこの国にご足労いただき、本当に申し訳なかった。使いのものに送らせるので、気をつけてお帰り下さい。では」
ミルタック、それだけ言うと、唖然としている幸子を残し、従者にひかれてきた白馬に乗ろうとした。
そんなミルタックにジンジャーがおいすがる。
「恐れながら、プリンス・ミルタック・・・!チャンスはもう二度ほどございます。もう一度、いやニ度ほど、チャンスを待ってみてはいかがかと!」
ジンジャーの言葉をミルタックはさえぎり、険しい顔で馬の手綱を握り、白馬に乗った。
ミルタック「チャンスなど!わたしはもう、信じない。今まで何度もチャンスを信じては、失望し、そして、そのたびに落胆だけが訪れるではないか!
わたしは・・・わたしは・・・もう疲れた」
幸子、ミルタックの最後の言葉に思わず、言葉が口をついて出た。
幸子「それがなんなのよ!!」
ミルタック、はっとして、幸子を見る。
幸子「疲れたから、あきらめる?なにそれ?ひとをこんなわけのわからないところに二回も呼び出しておいて、用がすんだから帰れって何それ?」
幸子、ミルタックに詰め寄り、そのマントをひっぱって、馬からミルタックをひきずりおろしてしまった。そして、ミルタックのマントの首元をつかんで、息まいた。
幸子「あんた、最低の男ね!見かけ倒しの王子っての、初めて!あたしの国ではね、 チャンスがあるのに逃げたら、そのチャンスはもうニ度とめ ぐってこないような国なの!あんたの事情だか、国の事情だかよくわかんないけど、チャンスがあるなら、使いなさいよ!何度でもやってみなさいよ!チャンスがあるってことが、どれだけ幸せなことか、あんた、ぜんぜんっ、わかってない!!」
ミルタックは美しい目に戸惑いの表情を浮かべ、幸子の剣幕に驚いている。
幸子「チャンスがあるだけ、ましなのよ。一度チャンスを逃したら、もう二度とめぐってこない出会いだってある。大好きな人に告白するチャンスを逃したり、愛されてると思ってそれに答えようとしたら、もう遅かったり・・・そんなふうに取り返しのつかないこともたくさんあるんだよ・・・たくさん」
幸子は自分の逃してきたいくつものチャンスを思い出し、胸が苦しくなって泣きそうになってしまう。こらえていた思いがあふれて涙がでそうになる。なんでだろう、恥ずかしい・・・初対面なのにこんな熱くなっちゃって、ばかみたいだわたし・・・幸子はそう思いながらも、言葉を発することを止められなかった。
幸子「だからね、チャンスがあるのに、それをみすみす捨てちゃうような男なんて、カッコ悪すぎだよ!!」
ミルタック、幸子のその言葉に、頬を赤らめる。
ミルタック「君は、今、わたしのことをカッコ悪いと言ったね・・・」
やばい、怒らせてしまった?!こういう場合、剣で切られてしまうのだろうかと
幸子は身構えた。
すると、ミルタックはその象牙の様な頬をさらに紅潮させて、胸の奥のハートの形までとろけてしまうような満面の笑顔を浮かべ、幸子の手を握った。
ミルタック「ありがとう!!」
幸子「へ?」
ミルタック「君が伝説の姫だったのだね!」
幸子、きょとんとしていると、横からおずおずとジンジャーが進み出てきた。その手には小さな白い木箱が掲げられている。
ミルタック「ジンジャー、わたしはこれで元の姿に戻れる鍵を手に入れたのだね?」
ジンジャー「はい、王子、その通りにございます」
ミルタックはジンジャーから木箱を受け取り、きょとんとしている幸子の体を軽々と抱き上げて、あっという間に馬に乗せてしまう。
幸子「わっ、ちょっと、なにすんの、降ろして!」
幸子、馬から降りようとするが、馬の鞍に羽毛のドレスのすそが見事にひっかかり降りようとしても動けない。
ミルタックはそんな幸子の後に乗り、手綱を持った。
ミルタック「待っていてくれ、皆。必ずや、伝説の「幻の教会」を見つけ、紫の魔女を倒し、元の姿に戻って、この城に戻ってこようぞ!」
魚あひる達、歓声を上げる。
ジンジャー「王子、ご無事をお祈りいたしております」
ミルタック「ああ、留守を頼む、ジンジャー」
ジンジャー「かしこまりました」
ジンジャーの目に嬉し涙が光っている。
その隣のホイッスルにも同じ涙が光る。
ミルタックは、威勢良く、馬を走らせ、嫌がる幸子を乗せたまま、城の外へと駆け出していった。
そして・・・・ジンジャーは、涙を拭いた。
そして、にやりと笑って、ホイッスルに告げた。
「ホイッスル、そろそろ元に戻ってもよいよな」
ホイッスルはジンジャーに緑の液体の入った小瓶を差し出す。
ジンジャー、その液体を一気に飲み干す。
ジンジャーの姿は、あっという間に「人間の女」に変わっていった。紫色の肌をした「人間の女」に。
ジンジャーは城から遠ざかっていく白馬を見つめ、不敵な笑みを浮かべた。
ジンジャー「ホイッスル、お前の暗示の威力はどのぐらい効いてるのかえ?」
ホイッスル「王子に対する暗示は完璧でございます。王子は、元々、この国の者達が人間と同じような容姿をしていたことなど忘れ、自分だけが紫の魔女の呪いにより、人間の姿に変えられてしまったのだと真に信じ込んでおります。ほかの家来どもへの暗示はなかなかうまくいかず、薬の力で自らが魚のような化け物であると思わせていられる者もおりますが、王子は、いえ、あのお方は一瞬で暗示にかかられました。・・・暗示は心の清きものほどかかりやすいものでございますゆえ」
ジンジャー、ふっとほそくえむ。
ジンジャー「ふふふ、ばかな王子よのう。その「心」こそがわたしにとっては邪魔な存在
なのだ。その「心」がここに戻ってこない限り、この城、いやこの国は永遠にわたしのものになる」
ジンジャー、空に向かって、両手を大きく掲げる。
とたんに雷鳴が鳴り響き、城に暗雲がたちこめる。
ホイッスル、おびえてうずくまる。
ジンジャー「そして、その「心」の持ち主である、王子はもう戻ってはこないのだ」
ホイッスル「どういうことです?」
ジンジャー「伝説を書き換えたのよ、呪いでな」
ホイッスル「まさか、そんなこと、できるわけが・・・」
ジンジャー「伝説はそれが真実か真実でないかわからぬ、不確かな存在。だからこそ、呪いの入る余地があるのじゃ。あの王子の旅に希望はない、そこに待つのは「死」のみじゃ!」
ジンジャー、鳴り響く雷鳴とともに高笑いをする。
ジンジャー「そして、王子が死する時、わたしこそがこの国の主となるのじゃ!!」
ジンジャーに雷が降り注ぐ。
その光を一身に受けて、ジンジャーは雷鳴の中で不気味に微笑んだ。
(続)
今回も長々と書いてしまって読みつらい部分もあったかと思い、申し訳ないのですが、ここまで優しくも読んでくださった方に、心優しきぺタをつけていただけると、幸子もきっと嬉しいと思います(笑)
では、今回も
ぺタ数5以上で、展開A→ 幸子、ミルタックと伝説の旅へ
ぺタ数5以下で、展開B→ 幸子、またまた旅の途中で夢から覚めてしまう
でごさいます~☆
ちなみに集計期間は本日のアップから今週の24日の土曜日までの集計といたしますね
気が向いた際にはぜひ、ぺタをつけていただけたら嬉しいです
よろしくお願いいたします~