幸子は息を切らして会社の入り口に着き、そっと中をうかがいながら両手でなければ女子ひとりでは開けないような重厚なガラス製のドアを開けようとした、その時。
「あの!!」幸子の背後からばかでかい声がした。
幸子、驚いて、開けかけたドアノブを放してしまい、左手をドアの隙間に思いっきり挟んでしまった。
「あだっ!!」
幸子、思わず、乙女たるもの、こんな声をあげるなど、自宅のトイレのドアを足でしめようとして誤って手をはさんでしまった時ぐらいで、
絶対に聞かれたくないような、いわゆる「地の声」で悲鳴をあげてしまった。
ううう、と左手を抑えながら、幸子はきっと相手を見た。
「ちょっと!痛いじゃないの!どうしてくれんのよ!」と、わめきちらしたい衝動を必死に抑えながら、ぐっとこらえる。
幸子、挟んでしまったいたいけな左手を見ると、どの指先も見事に赤く腫れ上がっている。
よほど強く挟んだらしい。じんじんと痛みが脳味噌までつたってくるような痛みだ。
見ると、そのばかでかい声の持ち主は、声とは正反対で小柄で、
いかにもここ一週間、草しか食べておりませんでした系の、男子だった。
男は幸子よりだいぶ年下に見える、いわゆる童顔、少年のようにやせて、色白な肌、黒ぶち眼鏡をかけてはいるが、その姿は小動物、そうまるでライオンに追い詰められた小鹿の・・・そう、ディズニ―の「小鹿のバンビ」そっくり。
男はそのバンビ、そっくりの瞳をして、今にも涙を浮かべて、幸子を申し訳なさげに見つめている。
「ごめんなさい、僕、遅刻しちゃって慌てて・・あ、そうだ、救急箱もらってきます!!」
と、またばかでかい声でそういうと、事務所内に入ろうとするが、あ!!っとまたばかでかい声を出す。
「しっい!!」
幸子、思わず、この声だけは、ばかでかい、小鹿のバンビ、いや男の唇に人さし指をあてた。
と、その男の頬が急に真っ赤になった。耳まで真っ赤に染まっていく。
幸子、はっとして自分の人さし指が彼の唇に当たっているのを確認すると、
慌てて、ひっこめた。
と、それが左手の人さし指であったからたまらない。
幸子はずききっとまた襲ってきた痛みに悶絶した。
それを、まだ顔を真っ赤に染めながら、バンビ君は涙を浮かべながら、
こう、のたまった。
「救急箱って、この会社ありますか?て聞くの忘れちゃって・・・・ごめんなさい!!!」
幸子は、その最後の、「ごめんなさい!!!」がまたばかでかくて、耳にツンっ!て来て、うめいた。
(なんで!?見た目超かよわそ~なバンビなのに、なんで、声だけはライオンの咆哮!?)
「こ、これぐらいどうってことありませんから・・(大嘘)。
・・・それより、うちに何か御用なんでしょうか?」
バンビ君、超嬉しそうな顔をして、きらきらと目を輝かせて、そしてさらに、ばかでかい声でこう言った。
「僕、この会社に今日からお世話になる、吉田勝です!!!!!」
幸子、耳を押さえて、つぶやいた。
幸子、「・・・・・若いお方、お声をもうちょっとね、、、ちいさくしゃべっておくれや・・・おばちゃんはお耳がまだ遠くないんでね・・って、はあ・・・つかれる・・・そして痛い・・・」
吉田、え!?何かおっしゃいました!??とこれまたばかでかい声で聞く。
幸子、今日は切なすぎると思った。
変な夢を見て遅刻するわ、遅刻した会社の入り口で、これまた遅刻してきた新入バンビのばかでかい声で指をはさまれ、今日という日はまるで、
幼稚園の先生がもうすぐ結婚すると聞いて失恋した幼稚園のこどものような気分だ・・・と思った。
そして、そのあと、幸子は上司の金田さんに「遅刻の理由」と「いつも開け慣れているドアに左手の指を全部を挟んだ理由」を聞かれ、両方とも信じてもらえなかった。
なにしろ、昨日の夜、魚アヒルを見て気絶した夢を見ていたら寝坊し、ドアを開けようとして、例のバンビ君の「ライオン声」で手をはさんだんです、
なんて「自称、人生でいまだかつて一度たりとも嘘をついたことがない男」の金田さん(妻と三姉妹の子持ち46歳&職業・フレンドリーかつ、ときにそれがうざったがられてしまう課長)には、てんでわかってもらえなかった。
幸子はバンビ君が自己紹介と前任者が残した簡単すぎる引き継ぎのメモを読み終え、そのあと、人事部に幸子のために救急箱と名刺の手配をお願いしに行き、自分がまだ「独身」だと聞いて、なんだか女性達にいろいろ聞かれましたとその女性たちのメールアドレスが後ろに書かれた名刺を「名刺って取引先に配るものかと思ってました、僕」と不思議そうに見ているバンビの横で、痛む左指に包帯を巻きながら、幸子はどうでもいい、と思って
聞いていた。手伝いましょうか?とバンビが言うのも断り続け、全部の指に時間をかけて包帯を巻き、遅れていた仕事にやっとこさ、とりかかった。
しかし、今日までに提出するべき仕事の書類作成はうまくすすまなかった。それもそうだ。左指の一本一本に巻きついた包帯が分厚くて、それぞれに邪魔をしあい、さっきから誤変換ばっかり繰り返してしまうのだ。
でも、これ以上、薄く巻くと、痛んでキーボードが敵に変身してしまう。
これじゃ、プリンセスどころか、指だけミイラ女だわ、仕事になんない・・・と、ため息をついたとき、終業のチャイムが鳴った。
「おし!歓迎会やるぞ~!!」
金田さんがチャイムと同時に気持ち良さそうに伸びをして周囲に叫んだ。
「おお、いいっすね、一杯いこう、マッキ―!」
「と、そのまえに妻と子供にメールしとかないとな・・・今夜は晩飯いらない・・と♪」
(なんで、子供にまでメールするのか、金田!?)
突っ込みつつ、そして、痛がりつつ、我関せずといった顔でパソコンを
打つ幸子。
「マッキ―、なに食べたい?ま、とりあえず、ビールがありゃいいよね!」
「いや、いまの若者はハイボールでっしょ!」
とかなんとか、口ぐちに、おじさま方にいろんなことを言われて、はいはい、と嬉しそうに尻尾を振っている「マッキ―」ことバンビ君。
幸子は打ちながら思った。
(やめてくれ、みんな「ライオン声」を聞いてないからそんなことが言えるんだい・・・)
そう、なぜか、バンビ君、いや吉田勝は幸子と喋るときにしか、あの「ばかでかい声」を出さなかったのだ。
新人挨拶の自己紹介の時も、普通の「しっかりとしたはきはきとした声」だったし、人事部の女子たちと話す時もいたって「女子たちに感じ悪くは思われないようなさわやかな普通の声」で話していた。
(なぜに・・・??)
幸子は、考えてみようとするが、考えようにも彼は緊張していたのだな
という結論にしか至らなかった。
そう、きっと、初出勤してきて初めて会った幸子との遭遇に
極度にバンビは緊張してしまったのだなと推測した。
知らない森の中に迷いこみ、突然、美しいプリンセスに出会ってしまった
バンビちゃん・・・びっくりするのもしかたないわね、思わず相手を威嚇する
ような大きなお声を出してしまうのも、いたしかたないわ。
ここは、わたしが大人になるか・・・んで、この書類は明日に持ち越ししちゃって、さっさと帰って、今日は・・・やっぱり白雪姫にならなきゃね。
幸子は百均で大量買いしたいばらの造花をベッドに絡ませて、
白雪姫のドレスに着がえて眠る自分の姿を想像して、ひとり夢見るように
微笑んだ。
その微笑みを見ていたのか、バンビ君があのばかでかい声をかける。
「さーちこさん!!」
(来たツ!)
「幸子さんも、もちろん来てくれ・・・」
「今日は予定あるから、お先に!!!」
幸子、バンビの黒い鼻先にぶんっと、かばんをかすめると、自席を立った。
そして、一路、お城へ帰り、いつものように、白雪姫のドレスに着替えて
いばらのベッドをこしらえて、お休み前に青森の親戚が一週間前に山ほど送ってきた「毒リンゴ」(決して毒ではない)をおやすみ前のデザートに一口だけかじってから、いばらのベッドに横たわった。
(さあ、今夜こそはいい夢をみさせてください・・・神様♪)
そして、幸子は眠りについた。
そして、幸子は目覚めた。その胸元にはやはりあのよつ葉のクローバー
が金色に輝きながら付いている。
そこには、昨日の夢と同じ、景色が広がっていた。
医者のホイッスルと、執事のジンジャーと、そして、たくさんの侍女の格好をした魚あひるたちが、幸子を取り囲んでいたが、いっせいに歓声をあげた。
「目覚めたぞ~!!」
「さあ、みんな、早く、今のうちにお着替えを!」
幸子、まだ寝ぼけ眼の自分を魚あひるの侍女たちに無理やり起こされ、
白鳥の羽毛でできた美しいドレスに着替えさせられ、
顔を洗わせられ、昔、美術の教科書に載っていた「美の女神ビーナスが海の泡から生まれたときに乗っていた真珠貝」のような貝で出来た美しい椅子の上に座らせられ、筆先が透明な見たこともない化粧筆でまるで絵の具としか思えないチューブを使って、きらびやかな化粧をほどこされ、
髪は天使が空から舞い降りた時に見せるような風にふわりと舞うような
アップヘアに、あっというまに仕上げられてしまった。
そして、幸子、天まで届くような大きな鏡の前に座らせられて、自分の姿に
はっと目が覚めた。
「これ・・・・わたし??」
隣に立つ、ジンジャーはうやうやしく、頭を下げた。
「世にもお美しい、プリンセス・メリー、さあ、まいりましょう」
「まいるって・・・・どこへ?」
「王子様が貴女様をお待ち申してございます」
「王子様?」
「はい、プリンスオブプリンス、王子の中の王子、
プリンス・ミルタック様にございます」
ジンジャーは、幸子に手を差し出した。
「恐れながら、プリンセス、お手をどうぞ」
幸子、戸惑った。
(これが夢なら・・・別にそのミルチャック様とやらに会ってみても
いいのかな・・・・それに、こんな格好、夢みたいだし・・・なんだか
お姫様みたいで・・・素敵かも)
幸子は、自分がずっと「王子様との出会い」を夢みてきたことを思い出し、
夢の中でもいいから、その出会いを体験してみることに、決めた。
(少なくとも、あの結婚相談所みたいに料金はかからなそうだし・・
会ってみちゃおうかな♪)
しかし、夢にまでみていた美しいプリンセスの姿に有頂天になっていた幸子にはその時、想像すらつかなかった。
その「王子様との出会い」が幸子の運命をとんでもない方向へと動かして
しまうことになることに。
続
さてさてさて(笑)
今回は長々と書いてしまって読みつらい部分もあったかと思い、申し訳ないのですが、ここまで優しくも読んでくださった方に、心優しきぺタをつけていただけると、幸子もきっと嬉しいと思います(笑)
では、今回は
ぺタ数5以上で、展開A→幸子、ミルタックと出会う![]()
ぺタ数5以下で、展開B→ 幸子、またまた夢から覚めてしまう![]()
でごさいます~☆
ちなみに集計期間は本日のアップから来週の19日の月曜日(連休で嬉しいですね!)までの集計といたします![]()
気が向いた際にはぜひ、ぺタをつけていただけたら嬉しいです![]()
よろしくお願いいたします~![]()