昨日、このような事⤵︎
を考えていたのだけれども、、、
いや〜…さすがに、
「都合の良い世界の住人」にはなれへんわ〜
なんて言ってる最中で
「私は都合の良い世界の住人ではない」
という断言もまた出来ない事に気付いた![アセアセ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/100.png)
![アセアセ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/100.png)
実は私は、
「都合の良い世界の住人になんてなれへんわ」
って、「都合の良い世界」の片隅で叫ぶ住人A
という可能性だって無きにしも非ず
(「都合よく」叫ばされる仕様になってたり?)
なんだよな〜、なんて笑
さらに言えば
私こと住人Aの住む世界って
もしかしたら「都合の良い世界」なの?
って疑いを持っている住人Bが住む場所もまた
「都合の良い世界」なのかもしれない
(「都合よく」疑いを持つ仕様になってたり?)
もうちょい言えば
自分だって「都合の良い世界」の住人のくせに
住人Bのヤツ、住人Aの事疑ってるぜ〜www
って白い目で見ている住人Cもまた
「都合の良い世界」の住民なのかもしれない
…えっと、
終わりがないのでこの辺で止めときます←
ただ描きたかったのは、
どんな新セルフイメージだろうと
自分にはムリとは断言できないってコト
そして
住人A、住人B、住人C、もっと先の住人であれ
私はどの住人にだってなれるのだというコト
今回はなんとなく、
高校・大学の時に
ちょびっとばかし哲学をかじっていたものだから
そういう面倒くさい思考回路を披露してみた←
まあ考える分には楽しいから良いのだけど笑
私を哲学好きにさせたこの本
もう一回読み直してみようかな〜♪