妄想劇場・歴史への訪問 | 流れ雲のブログ

流れ雲のブログ

季節は巡り、花が咲き花が舞い、花が散り花が逝く、
きっといつか、風が吹いて、夢を運んでくる予感…
繰り返しと、積み重ねの、過ぎ去る日々に、
小さな夢と、少しの刺激で、今を楽しく、これからも楽しく…

V01511111171


昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
明日という日はミステリー



Cut_4881111 

むかしむかし、ある村に、おじいさんとおばあさんが
住んでいました。
おじいさんとおばあさんには、一人の可愛い
孫がいます。
ところが家が貧乏なので、孫を二里(八キロメートル)
ほどはなれた漁師の網元の親方)の家へ奉公
(住み込みで働くこと)に出すことになりました。

しかし孫は、奉公に行ったその晩に帰って来て、
「じいさま、おばあさん。
おら、網元の家じゃあ、骨がおれてどうにもなんねえ。
おら、あそこへ奉公するのはいやだ」と、言うのです。

おじいさんとおばあさんは、すっかり困って言いました。
「これ。ただこねるもんでねえ」
「そうだ。何とかしんぼうして、がんばってくれ」

そしてせんべいを食べさせたり、おみやげを
持たせたりして、やっと帰したのですが、
あくる日の晩になると、また戻ってきたのです。

こうして孫は毎晩毎晩帰ってきては、おいしい物を
食べて、おみやげを持って帰っていったのです。

ある日の事。孫が休みをもらったと言って、
珍しく昼間に現れました。
そこでおばあさんは、孫に注意をしました。
「なあ、お前。そんなに家に帰ってばかりしては、
網元さまに良く思われんよ。
つらいだろうが、もっとしんぼうせにゃ」

すると孫は、不思議そうな顔をして言いました。
「じいさま、ばあさま。
おら、網元さんに奉公してから、今日、初めて
家に帰ってきたんだよ」

「初めて? 何を言う。お前は毎晩の様に、
帰ってくるでねえか」
「そうだ。そしてごちそうたらふく食べて、みやげまで
持って帰るでねえか」

おじいさんとおばあさんの言葉に、孫はびっくりです。
「いんや、いんや、おら、帰って来るのは、
今日が初めてだ」

「???」
孫がうそを言う子どもでないことは、おじいさんも
おばあさんもよく知っています。
おじいさんもおばあさんも孫も、不思議そうに
首をかしげました。

その夜、誰かが家の戸を叩きました。
おじいさんが戸口に行くと、
「おらだ。今帰ったぞ」と、いつもの孫の声がします。

おじいさんがびっくりして家の中を見ると、
孫はおばあさんと話しをしています。
「こりゃ、たまげた。孫が二人になったぞ。
どっちが孫が、本物じゃろか?」

おじいさんは、ふと考えました。
(そう言えば、夜に来る孫は、すこしおかしな
ところがあった。すると外にいる孫は、
化け物かもしれんぞ)

おじいさんは、そばにあった天びん棒(てんびんぼう
(両端に荷物を引っかけて使う、荷物もちの棒)
を持って、用心しながら戸を開けました。

すると外の孫は、びっくりして言いました。
「じいさま、じいさま。おらは、お前の孫だぞ。
そないな物を持って、どうするんじゃ」
「やかましい! わしの可愛い孫は昼間に来て、
奥でばあさまと話をしとるわい!」

おじいさんが怒鳴ると、今まで孫の姿をしていたものが
クルリととんぼ返りをして、一匹のタヌキになりました。
そして手を合わせて、「じいさまや。かんにん、かんにん」
と、あやまるのです。

その様子を見たおじいさんは、すっかりタヌキの
孫も可愛くなって、
「よしよし。せっかく来たんじゃから、あがっていけ。
ごちそうもあるから、たんと食べて行けや」

「ありがとう」
タヌキは礼を言うと、またクルリととんぼ返りをして
孫の姿になりました。
そして、おじいさんとおばあさんと本当の孫と
タヌキの孫は、みんな仲良く晩ご飯を食べたのでした。

・・・おしまい




鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、
   そばで 地蔵が食べたがる




Main_img111 





Danshoku1_m1111111111 

日本では古くから男色文化がありましたが、
江戸時代、春をひさぐ美少年「陰間(かげま)」が
大人気でした。
男性だけでなく女性をも虜にした美しい
陰間たちですが、華やかな見た目とは裏腹に
その実態はとても過酷なものでした。

日本における「男色」の歴史

男色(だんしょく、なんしょくとも)とは、男性同士の
性愛のこと。
男色の歴史は古く、奈良・平安時代には公家や
僧侶の間で美少年を相手にした男色が行われて
いたといわれています。

ちなみに文献上の男色に関する最古の記録は
『日本書紀』なんだとか(諸説ありますが)。

小竹祝(しののははふり)と天野祝(あまのはふり)
という2人の神官がいた。
2人はとても仲がよかったが、ある時、小竹祝が
病死してしまう。
天野祝は「俺たちは親友だったんだ!
同じ墓に入るんだ!」と言って自害し果てた。
人々は2人を同じ墓に葬ったーー

「ブロマンス(親友以上恋人未満)」のようにも
見えますが、これが文献上最古のBLだと
一般的にはいわれています。

平安時代といえば、『源氏物語』に登場する
光源氏や歌人でプレイボーイの在原業平
(ありわらのなりひら)が恋多き男性として
有名です。
数々の浮名を流した貴公子ですが、彼らの
恋愛遍歴のなかには美少年との恋も
ありました。

「日本に男色をもたらしたのは空海」という説が
古来根強く語り継がれてきました。が、これに
関しては江戸時代にはすでに「そんなものは
俗説」と一般的に認識されていたようです。

江戸時代に売春を行っていた美少年「陰間」


(読み:かげま)たちは女装ファッションが
特徴でした。
そのルーツをたどると美童好きで有名な
鳥羽法皇に至るとも。

鳥羽法皇は美少年を身近に侍らせて、
彼らに美しい着物を着せていたそうです。
美少年を美少女のように仕立て侍らせる
ーーなんとも倒錯的です

男色文化の大元を担った僧侶たち

よく知られた話ですが、古くから男色の
中心となっていたのが寺院です。

ご存じのように僧侶にとって女犯はタブー。
江戸時代には女犯(にょぼん)がバレれば、
寺持ちの僧侶なら島流し(遠島)、
それ以外の僧侶も道ばたに晒される「晒し」など
厳しい罰則が待っていました。


Tabu11 

とはいえ、僧侶も人間。
修行で滅しきれない性欲を持て余すことも当然
あります。

なので、僧侶のなかには「隠し大黒」と称して
こっそり妻帯する者もいたようですが、多くは
寺小姓を相手に男色の道を選びました。

僧侶にとって女犯はタブーと考えられて
いたのに対し、男色はタブーではなかったのです。

・・・つづく 





A52 



万引きした爺さんが盗った物を机に出したら、
一同絶句・・・






583637111