4人のアメリカ人が見た100年前の韓国


ウィリアム・グリフィス『隠者の国・朝鮮』
William Elliot Griffis, Corea the Hermit Nation, Kessinger, 2004.
 ウィリアム・グリフィス (William Elliot Griffis, 1843~1928) は米国の牧師・東洋学者

これは朝鮮w人による歴史の塗装作業の良い見本である。つらい現実には国産塗料を塗りたくり、黄金に見せかける。さらに後世の事件に対しても、公的な虚飾が巧妙に施され、敗戦すら輝かしい勝利に変えられる。(pp. 150-151)

朝鮮は人にたとえられ、王はその頭、貴族は胴、人民は足である。胸と腹は膨れる一方、頭と下肢はやせ細っている。貴族はその強欲で人民の生き血をすするのみならず、王の大権をも侵している。国は充血を起こし、官僚主義の浮腫を患っている。(p. 229)

拷問の豊富さは、朝鮮がいまだに半文明国にとどまっていることを示すに十分である。法院と監獄の発明品としては、鉄鎖、背中を打つための竹、尻を打ち据えるためのパドル状の器具、肉が裂けるまでふくらはぎを叩くための鞭、肉と内臓を苛むためのロープ、手かせ、杖、そして膝とむこうずねを叩くための板等がある。(p. 234)

朝鮮の建築はきわめて原始的な状態にある。城郭、要塞、寺院、修道院および公共建築は、日本や中国の壮麗さにまるで及ばない。この国は古い歴史を誇っているのに、石造の遺跡がほとんどない。住居は瓦葺きか藁葺きで、ほとんど例外なく一階建てである。小都市では規則的な通りに配置されておらず、あちこちに散在している。大都市や首都でも、通りは狭くて曲がりくねっている。(p. 262)

約85パーセントの人々は読むことも書くこともできない。ただし地域差は大きい。(p. 444)

朝鮮にはサムライがいない。日本にあって朝鮮に欠けているものは、心身ともによく鍛えられ、兵士であると同時に学者であり、忠誠心と愛国心と自己犠牲の高い理想をかかげる文化的集団である。(p. 450)


フランツ・フォン・シーボルト『日本』
フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(尾崎賢治訳)『日本・第五巻』雄松堂出版, 1978.

物腰からも日本人や中国人よりエネルギーと戦闘的精神を強く放射している。しかし精神的教養と生活の洗練という点では、朝鮮w人は同じ階層の日本人よりかなり劣る。またわれわれが一番低い階層の日本人を見ても感心する共同生活におけるあの巧みさや高いレベルの暮らし方も、朝鮮w人にはない。 (pp. 4-5)

王位継承のさいは中国皇帝が叙任権を行使し、貢物を受けとるといわれている。少々きびしい見方をすれば、中国の家臣と解釈できるこの関係は、現在中国を支配している清朝が武力をもってこれを強制した一六三六年以来のことと記されている。一五九二年から一五九八年における日本の将軍秀吉(通常は太閤と呼ばれる)の侵入以来、朝鮮は日本に朝貢の義務を負っている。というよりむしろ日本とは善隣関係にある。 (pp. 34-35)

朝鮮の工業技術は隣国の中国や日本と比べてずっと遅れているように思う。木工は断然といってよいほど遅れており、陶磁器の作りはひどく粗末である。鉄器、特に刀その他の刃物は価値が低い。 (p. 38)


W・F・サンズ『極東回想記』
 W・F・サンズ (William Franklin Sands, 1874~1946) は米国の外交官

なぜこの国がこれほど荒廃しているのかに対するここの人々の説明は、実に朝鮮的である。彼らの言葉によると、できるだけ外国人を落胆させるために沿岸部は荒廃させ、内陸では虎を追い出すために森を焼き払い、山はその頂上にある土壌が流れて来るように崩したのだそうだ。(pp. 41-42)

西方世界の様子や発明品を眺める彼らの様子は、アブラハム時代のイスラエル人が鉄道や電車や複雑なヨーロッパの装置を見るように当惑している。何も理解できず、また理解しようともしない。彼らは「隠者の王国」であり続けることを願っている。(pp. 47-48)

家はぎっしりと固まって建っており、小川と路地に沿って集まっている。洪水の季節を除いて、青いごみだらけの下水は床に沿って染み出し、腸チフス・天然痘・コレラを伝染させる。こんな井戸で女たちは楽しげに洗濯をし、毎日食物を洗う。排水路の表面から悪臭がするこの浅い井戸よりひどいものはない。汚い下層民の家からは、土俗の食品であるキムチのすっぱい臭いがする。(p. 50)

朝鮮はこのような過渡期的外交の最も良い事例である。なぜなら朝鮮は、内部的に脆弱であるのみならず、列強間に確実な公式的保護国や友好国がないという点で、極東国家の中で最も弱い国だったからだ。(p. 65)

朝鮮w人の下人は、中国人や日本人のように有能でもなく、社会的身分も同じでなかった。守衛、駕籠かき、警備員は絶え間なく悶着の原因になった。女中を置いている日本とは異なり、朝鮮ではふつう下男しかおらず、あらゆる階層が慢性的な賭博依存症だった。日本人や中国人はときどき自分たちだけで集まって気分転換をすることはあっても、面倒を起こすことはほとんどなかった。しかし朝鮮w人の下人たちは彼らどうしで放っておくことができなかった。彼らは支配を受けなければならなかった。(pp. 111-112)

科挙制度は最も低い水準まで転落した。公職に任命されれば、ある程度の貴族の序列が付与されるため、「涜職」と社会的な理由のために科挙に応試した。文科に合格するためには、家柄がよいか、おびただしい賄賂を使わねばならなかった。(p. 128)

人々は朝鮮w人を、世界で最も臆病な人々だという。私が推測するところでは、彼らが国内外的に圧迫を受けて来たため、権威の前で萎縮するという点はある面で首肯できる。そうかと思えば彼らは、これ以上耐えられなくなるまで何かが起これば、ロシアの農夫のように目に入るものを片っ端から破壊する。(pp. 150-151)

朝鮮w人が朝鮮のためにやらかした最悪のことは、伊藤博文を暗殺し、私の後任者であるスティーヴンス (Durham W. Stevens) を殺したことである。私が朝鮮の際立った人物たちと閔泳煥のような熱烈な愛国者たち、そして皇帝とそのお喋りな内待たちから聞いたことを総合すると、日本の天皇が容認した伊藤卿の提案とは、日本・中国・朝鮮間に緊密な同盟関係を結ぶ方向だったことを示していた。(p. 234)


G・W・ギルモア『ソウル風物誌』45
 G・W・ギルモア (George William Gilmore, 1857~?) は米国の神学者

人々は怠け者で、放心しているように見える。村は非衛生的で、家々も興味を引かない。観光客の記憶に皮相的にでも残るものがあるとしたら、ただ長居をしたという記憶の他にはない。(p. 20)

ある人が相当な量の金を貯蓄しているという事実が知られれば、官吏たちは借用を要求するだろう。万一それが拒絶されれば、その人は何種類かのでっち上げられた罪状で投獄されるだろう。その罪人ならぬ罪人は、その要求を充足するか、頑固に切り捨てることでその官吏たちに自分の安全を憂慮させるか、自分の親戚たちが要求額を支払うか、あるいは何らかの妥協案を出すまで、毎朝鞭打たれるだろう。(p. 28)

日本を旅行すれば、人々の間にある種の活気が感じられる。日本女性の目には、ほとんど常に楽しげな快活さがあり、愉快な生気を発している。そして彼女らの目は、微笑に応えるよう誘惑する。彼女らの人生は、遊びや遠足のように見える。ところが朝鮮女性には、このような活気や快活さ、そして生気のようなものが不足している。彼女らの人生は深刻で真摯だ。したがって憂鬱さが、朝鮮女性の特徴的な姿である。(p. 64)

朝鮮w人は、清潔さの問題では多くの非難を浴びるだろう。東洋では警句を学ぶ。外国人たちは、朝鮮w人をさかなにジョークを言うことを好む。ある英国人は、朝鮮では最も清潔だという人物が、彼がこれまでに見た中で最も汚い人物だったと言ったことがある。彼が意味するところは、朝鮮w人が地球上で最も汚い人々だということだ。(p. 74)

朝鮮で疑う余地もなく国家の発展を妨げている伝統があるが、それは他でもない両班たちである。たとえ自分の財産で暮らしを建てて行けなくても、彼らは生計のために肉体労働や生産活動をすることはない。両班は飢えても物乞いをしても、働くことはない。親戚の援助を受けたり妻が生計を建てる場合でも、両班は絶対にその手で土を触ることはない。(p. 88)

しかし一般的に、日本人の立場は善意で貫かれており、日本政府は朝鮮の繁栄を強く願っている。(p. 200)


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