
こんにちは。
何十年も前に発した私の「問い」は、ずっとずっと求め続け答えを探し続けていたことに気がつきました。
もしかしたら、既にこの「問い」を持って私は生まれて来たのではないか?
そんな気持ちにさえなるのです。
リアルな体験を越える臨場感を持ち、記憶の一部となった最初の夢は、小学生の時です。
ある日の夢で..
私は二十歳前後のシスターでした。
キリスト教の白い装いをしていました。
20人ほどの小さな子供たちを連れてどこかへ行こうとしていました。
その先頭には初老のシスターがいました。
戦渦の中、緊迫した空気があり、私たちシスターは急いで子供たちを安全な場所へと移動させようとしていたのです。
私はその時自分が一番若いシスターだという自覚があり、列の最後をしっかり守るのは自分だという意識がありました。
先頭にたつ敬愛するシスターに従い、経験の浅い私は体力等、私の持てる全てで奉仕するという決意をしていました。
その時の心情は奉仕というよりは、子供たちを安全な場所へという使命感、ただそれ以外は何も存在しませんでした。
極限の使命感だけでした。
特攻隊のパイロットと似た心境だったのかもしれません。
なので、自分の命が亡くなるかもしれないとかいう恐れはなく、ただ一つの恐れは子供たちが戦渦に巻き込まれること。
その恐怖とだけ戦っているという気持ちなのです。
私は先頭にたつシスターを心から尊敬していて、自分の選択した結果に何の疑問も持たず、任務を全うしようとしていました。
山の少し開けた平地のような所から、山の木々の茂みの中へ移動しようとしていて
必ずこの山の向こう側へ連れていく
その向こうには安全と平和が待っていて、何としても子供たちをそこへ届けなければいけない
その思いと木々の茂みへ入ろうとした風景が最後のビジョンとなり夢から覚めました。
夢から覚めると私は小学生の女の子でした。4年~5年生位だったと思います。
当然、私自身が子供でした。
ものすごい緊迫した使命感が消えないまま、いきなり子供の私の体へ戻されたのです。
少し混乱していました。
私が子供の自分であることを取り戻すのに少しの時間が必要で、私はいつもの自分の部屋のベッドの上に身を起こして暫く呆然としていました。
二十歳前後のシスターの私と小学生の私が入れ替わるのに、言葉では表現の難しい感覚があったのです。
今でもその移行するのに経験した独特な時間の感覚があります。
ほんの少しの間、一人の自分という記憶が消えるのです。ただの存在になっている時間とでもいうのか
臨場感がリアルを越えていたので、夢のぼんやりした世界から現実へ戻ってきたという感覚ではなかったんです。
この小さな体は何なのだろう?という不思議。
30分ほどもかかったよう気がしましたが、実際のところは、どれ程の時間だったのかわかりません。
あとになり、生まれ変わるとは、こういう事かもしれないと思ったりもしました。
前の記憶から新しい生に移行するとき、記憶の入替えに少し時間を必要とするため、特殊な例以外は赤ちゃんの時は明確な意識がなく、新しい記憶が作られる時間を要するのかな、等と思います。
この夢の後、子供たちとシスター達はどうなったのか?その事は、ずっと気になりながらしばらく生きていました。
記憶が消えたということは、最後にいた私は何らかで命を落としたのかな。。等と想像してみても、全くわからないことでした。
ただ、何年かして学校の図書館にあった本の表紙に懐かしい顔の女性を見つけて、何回も何回も眺めていました。
子供が借りて読むには難しかったのか?読むことはしませんでした。
ただ、顔だけを覚えていて、その後その人がシスターであることと、マザー・テレサという名前であることを知りました。
列の先頭にいた自分の尊敬するシスターのイメージと重なりましたが、もちろん何の証拠もありません。
その影響のためか?
私は20歳前後の頃に教会へ戻らない自分にとても強い罪悪感を持っていたんです。
誰にも話せませんでしたが、いつもいつも、シスターとして教会へ戻らないのは罪だという意識がありました。
ですが、新しい時代に生まれた私は、沢山の創造がしたい!という思いがとても強く教会の中だけの世界ではとても生きれないと感じていました。
そしてある日、何歳だったのかはっきり覚えてはいませんが、誰かにむかって宣言しました。
私は今回の生は、教会には戻りません。
教会の外の世界で普通の女の子として生きていきますと、まるでアイドルグループの解散宣言みたいな事を伝えたのを覚えています。
それから、堕天使のような自覚も含めて、自分の興味のある全ての方へ向かう生き方を選んだのでした。
創造や、表現がしたい
その気持ちに翻弄されながらも、生まれた家の仕事を継いでからは、現実社会の中の価値観、経済の確立、より多くを所有するのが社会的正義のような感覚に巻き込まれていきました。
その後は沢山の事を経験しながら
徐々に、自分の求めるものが年齢を重ねる度に抽象的なものに変化をしてきたのを実感しています。
今、自覚している願いは、とても抽象的な事です。
生活を維持するためのお仕事としてセレクトショップという家業を継いだと思っていましたが、
様々な人との交流の中から、生活維持以外の多くの事を得られていると感じているこの頃でもあります。
今は教会に戻らなかった自分に対しての罪悪感は完全に消えています。
むしろ、偏狭な正義感を壊す旅をしてきたという認識があり、そのことに満足もしています。
この世?神?全てはそんな小さな制限で理解できるものなどではないという感覚があります。
簡単に「愛」を知っているとは言えないという気持ちもあります。優しいとか愛しいとか、それを超越した何か..この世の惨事も世界にある事の意味..
それほど壮大なスケールでこの世の仕組みは隅々にまで及んでいると感じています。
最初の夢は、こうして私に長い間影響を与えてきたのですが、解放された後、今度は2番目の夢をみることになります。
DRAGON FLOWERより愛を込めて(energy by shinji)
時々この世の仕組みは気まぐれな蝶が舞うように姿を見せては、すっと消えていき、パズルを繋げよ!と言われてるような気がしています。
効力を持つOFUDAはenergyをアップした後にこそ意味があると感じています。
(photo by shinji &
message by miwa)