ANIMAL COLLECTIVE | STONED&DETHRONED

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日々のこと綴ります。

まちがいなく、2009年の夏フェスのひとつのエポックを形作るにちがいない、
ANIMAL COLLECTIVE。
そのステージが提案する試行の数々は、
この先数年は語られることになる、
音楽と世界を繋ぐコードのいくつかをわれわれに示唆するものになるだろう。
それは、これまで20年ほどの音楽が、
おもに世界の負の部分を解析・反復することに腐心していたことから転じて、
なにがしか幸せなものを、
もちろんそれはこれまで押し付けられてきた幸福とは異なるものとして、
実際に獲得されることの予感をわれわれに告げるものになるはずだ。
そういう意味で、フェス、特に苗場の空気は格別に似合いそうである。

さて、この最新作にも濃厚に散布されているビーチ・ボーイズ・エスク、
いや、ブライアン・ウイルソン的なるものというのは何なのだろうか。
アメリカン・インディーの底流に、
それこそソニック・ユースの昔から綿々と流れてきたこのせせらぎが
語るものとは何なのだろう。
それは、かつてひとりの青年によって到達された、
ハンドメイド・ミュージックの最高峰、というストーリーもあるだろう。
その音楽の聖性に、世俗への強烈なアンチ・メッセージをみることもあるだろう。
もっと言うなら、ポップ・グループとしての立場を捨て、
ヒット・ソングを望むメンバーの意見を振り切り、
ひたすらに最高のヴァイブだけを求め続けた、
つまりは、音楽へ没入することである種資本主義との決別を果たしたブライアンへの、
そこには拭いがたい憧れがあるような気がしてならないのだけど。
なぜならそれは、なんとも純粋な、抵抗運動だからである。