あなたのファミコンに対する熱い思いを自由に語れ | アルフの心_エピローグ

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昔やってたサイトのエピローグ

 かれこれ15年以上前に某SNSで書いた日記を転記。

 

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①あなたのファミコンに対する熱い思いを自由に語れ(第一部)

 

ファミコン
それは俺の青春の100ページ

その歴史こそが俺の熱い思いである。


<小中学校時代>

人並みにゲームにハマる。
みんながやるようなゲームは一通りやってきたと思う。
ここの時代では特筆すべきことはない。
ホント人並みだと思う。


<高校時代>

ここら辺からおかしくなる。
「のぶ」という小学校時代からの悪友(自己紹介欄参照)と
特定のゲームばかりで遊ぶようになる。やったゲームといえば、
・マリオカート
・ぷよぷよ
・エキサイトステージ
・ハイパーオリンピック イン アトランタ
・ヨッシーのクッキー
・テニス
・ファミリーピンボール
(その他いろいろ)

また、この頃はディスクシステムもバリバリ現役で動いていた。
(現在は故障)

のぶと俺は特段目標や目的があったわけではなかった。
月下の棋士の言葉を借りるなら、
「することねぇから、年がら年中ファミコンやってたよ。
朝、目が覚めて……、夜、寝るまで……」

この頃は他にゲームをやる相手がいなかったので何とも
思わなかったが、お互い高校を卒業して地元を離れ、
他の人らとゲームで対戦したとき、自分らはとてつもない
レベルにまで昇華していたことに気づくこととなる。

 

②あなたのファミコンに対する熱い思いを自由に語れ(第二部)

<大学(学部)時代>

地元を離れ仙台で一人暮らし。のぶとは離れ離れになったが、
ファミコン時代が終わることはなかった。

次なるメイン人物は大学の同級生「キヨシ」と「かっつぁん」
この時代は他とは変わった過ごし方だった。
3人で毎週のように飲んでいたのだが、そのほとんどは俺ん家。
しかも必ずファミコン(スーファミ、PS含)をやる。
この頃のファミコンの扱い方は、酒の肴だった。
しかもやるゲームは対戦系ではなく、アクション系
(ワイワイワールド、JJなど)がほとんど。
とにかくのんびりクリアすることを目標にしつつ酒を飲む。

最も凄かったのは、クリアするにはかなりの運が必要とされる
「ドラゴンボール~神龍の謎~」をキヨシが卒業間際に
クリアをした時。あの時は夜中だというのに
近所迷惑極まりなく発狂したのを今でも覚えている。

そんなほのぼのした(?)時代も終わりが来た。
キヨシとかっつぁんは学部で卒業し、就職のため仙台を離れることに。
俺は大学院へ進学のため仙台に残る。

「これで、さすがにファミコンをやることももうないだろう・・・」

ファミコンをやる相手もいなくなり、そう思った俺。
部屋の模様替えをし、部屋に出しっぱなしにしていた
ファミコンを押入れの奥へしまい込んだ。



駄菓子菓子・・・

その後、運命的な出会いが待ち受けていることを俺は知る由も無かった。

 

 

③あなたのファミコンに対する熱い思いを自由に語れ(第三部)

<大学院時代>

そして3人の同志との運命的な出会い


~1人目の仲間~

あれは多分サークルの日だったと思う。
サークルの後輩と喋っていたら、何気なくファミコンの話になった時。

「俺マリオカートうまいっすよ」

そんなことを言ってきた奴がいた。

過去に幾度となくその台詞を聞いては、何人もの雑魚どもを
木っ端微塵に粉砕してきた俺。
井の中の蛙であることを思い知らしめるために俺の家に
連れてきて、対戦することにした。その結果・・・


互角


本当に互角だった。一通り走って全くのイーブン。

神の領域まで昇華したという自負があった俺にとってこの結果は、
「俺と同じレベルの奴がいたんだー」、という驚き、悔しさ、そして
嬉しさがあった。相手も同じような表情をしていた。

その名は「くま」



~2人目の仲間~

旧式のファミコンにはコントローラーをもう一つ接続する部分がある。
そのおかげで小学校の頃はくにお君やボンバーマンなど3人で
対戦ができた。

そんなことをサークルで話をしていたとき。

「俺はマルチタップつけて4人で対戦してましたよ」


マルチタップ?

スーファミのは知ってるけど、ファミコンにもあるの?

そいつは実家から現物を持ってきた。
本当に存在した。ファミコン版マルチタップ。
本当に、くにお君が4人でできた。
すごい衝撃だった。

そのマルチタップの持ち主は「もり」



~3人目の仲間~

あれは修論も終わって、グダグダ一人で暇してた頃。
もりともう一人後輩が俺の家に遊びに来た。
暇だからファミコンでもやるかーということで、
取り出したカセットはヨッシーのクッキー。
その後輩は「おれ強いですよ」と言っているが、
俺だって(マリオカートほどではないが)、結構やり込んだ
ゲームの一つ。まあ、勝てるだろうと臨んでみると・・・


全敗


勝てなかった。全く勝てなかった。
しかもそいつは、俺が見たことが無い「連鎖」を操っていた。

その名は「リリベ」




これがチームファミコンの出発であった。
残念なことにこの3人とはオタクレベルをお互い認識したのが
遅かったために、俺が卒業間際での「チームファミコン」結成となった。

こいつらを表現する言葉・・・「キモい」
当時は俺しかファミコンを持っていなかったが、
俺が卒業ということで、独自にファミコンとスーファミを購入。
勝敗表まで作成し、就職してファミコンをやらなくなった俺を尻目に
日々精進する始末。もう今や俺が太刀打ちでるレヴェルでは
なくなっている。

というわけで、俺はささっとチームファミコン名誉会長に就任。
現在はたまにチームファミコンの会合に顔を出してちょこっと
ゲームをしては、専ら傍観が主でご隠居生活を楽しんでいる。




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ファミコン

それは青春の100ページ


大人になった今でも青春を刻ませることのできる玩具。

大人になった今でも少年時代の心を忘れさせることの無い玩具。

今までも、そしてこれからもそんな玩具であり続けるだろう。




                    完

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当時あまり考えずにダーっと書き綴っただけだが、今読んでもかなりの出来栄え。フレンドにコメントで「かなり名作」って寄せられてた。偶然が生んだ最高傑作だと思う。

 

ちなみにファミコン、スーファミはクローゼットの段ボールに入ったまま。まだ残っています。今も動くのだろうか。

 

そして、令和になってもチームファミコンが集まる日は来るのだろうか。

 

ちなみに年末地元に帰ったら、ノブから「俺が貸したグラディウス返せ!」と言われた(笑)