2001年6月
キャメルスタジオは新たに産声をあげた。
新たにとしたのは、過去にここにはキャメルスタジオが存在し、一度閉店しているからだ。
当時プログラマをしていたオレは連日の徹夜に疲弊しきっていた。
年下の上司に蔑まれ、納期間近の仕様変更に頭を悩ませ目の下にクマを作り、幻覚を見るほどの過酷な労働環境で働いていた。
それでもガマンしていた理由はひとつ。それが途中だったからだ。
そもそもプログラマを始めたきっかけは、知り合いのバンドマンが起業しライブハウスを始めたいと言ったのがきっかけだった。
「ライブハウスを始めたいんだけど手伝ってよ」
この一言に当時バンドを辞めたばかりのオレは一も二もなくうなずいた。
男らしく無いのは百も承知だが音楽に未練たらたらだった。
「でも今すぐじゃないんだ。資金がたまり次第やろうと思ってるから当面はオレがやっている仕事を手伝って欲しい」
そう言われ気がつけば派遣プログラマになっていた。
ライブハウスをやるの為と触ったこともないパソコンを買い、見たこともないアルファベットの羅列との格闘が始まったのだ。
現場に初心者はオレ一人。聞いたことも無い言葉で指示をされ、わけのわからない仕様書を渡され
「いつまでにできる?」
と、聞かれた。
「なにがなんだかわからない」
当然はじめてのことだ、右も左もどころか上下もわからない。
「本買うなり、調べるなりして。で、いつまでにできる?」
「時間が読めません」
「そ、じゃ来週月曜まで」
そうやって、仕事を投げられた。
納期があればそれまでに仕上げなければならず、結果徹夜の日々が始まった。
こんなはずでは・・・いや、でも途中だから。ライブハウスをするまでの辛抱だから。
そして半年が経過。
オレをこの徹夜地獄へと案内した張本人にライブハウスの件を再確認してみた。
「今は資金がないから、もう少し頑張って」
世間の連中にとってはこの程度の徹夜は屁でもないんだろうが、オレにとってはその"もう少し"が途方もなく長い時間に感じて仕方無かった。
そして、また数ヵ月後
「もう少しだけ、もう少ししたらなんとかできるから」
途中・・・まだ、途中
1年も経っていないが途方も無い途中に限界を感じていた。
何週間ぶりかの休み。
油をささなければ動かないようなガタピシとした体を起こし、コンビニで弁当を買いふと遠回りして家に帰るとき何年か前に閉店になったスタジオを見つけた。
「そういや、ここスタジオだったよな」
使ったことはないが覚えはあった。
スタジオは駐車場の奥にあり、入り口と思わしきところには電源の入らぬ"OPEN"のネオンがたたずんでいた。
そのとき駐車場の門が開き一台の車が出てきた。
オレはコンビニ袋を片手に何を思ったのかその車を停めドライバーへ話しかけた。
「すいません。スタジオ貸してもらえません?」
こうやってキャメルスタジオは始まった。
それはまた長い途中の始まりでもあった。
あれ?おかしいな。
ライブハウスの件の進捗を書くはずがキャメルスタジオを始めた頃の話になっちまった。
これは書籍化決定かねwww
ま、いっか
のんびりやるよー
キャメルスタジオは新たに産声をあげた。
新たにとしたのは、過去にここにはキャメルスタジオが存在し、一度閉店しているからだ。
当時プログラマをしていたオレは連日の徹夜に疲弊しきっていた。
年下の上司に蔑まれ、納期間近の仕様変更に頭を悩ませ目の下にクマを作り、幻覚を見るほどの過酷な労働環境で働いていた。
それでもガマンしていた理由はひとつ。それが途中だったからだ。
そもそもプログラマを始めたきっかけは、知り合いのバンドマンが起業しライブハウスを始めたいと言ったのがきっかけだった。
「ライブハウスを始めたいんだけど手伝ってよ」
この一言に当時バンドを辞めたばかりのオレは一も二もなくうなずいた。
男らしく無いのは百も承知だが音楽に未練たらたらだった。
「でも今すぐじゃないんだ。資金がたまり次第やろうと思ってるから当面はオレがやっている仕事を手伝って欲しい」
そう言われ気がつけば派遣プログラマになっていた。
ライブハウスをやるの為と触ったこともないパソコンを買い、見たこともないアルファベットの羅列との格闘が始まったのだ。
現場に初心者はオレ一人。聞いたことも無い言葉で指示をされ、わけのわからない仕様書を渡され
「いつまでにできる?」
と、聞かれた。
「なにがなんだかわからない」
当然はじめてのことだ、右も左もどころか上下もわからない。
「本買うなり、調べるなりして。で、いつまでにできる?」
「時間が読めません」
「そ、じゃ来週月曜まで」
そうやって、仕事を投げられた。
納期があればそれまでに仕上げなければならず、結果徹夜の日々が始まった。
こんなはずでは・・・いや、でも途中だから。ライブハウスをするまでの辛抱だから。
そして半年が経過。
オレをこの徹夜地獄へと案内した張本人にライブハウスの件を再確認してみた。
「今は資金がないから、もう少し頑張って」
世間の連中にとってはこの程度の徹夜は屁でもないんだろうが、オレにとってはその"もう少し"が途方もなく長い時間に感じて仕方無かった。
そして、また数ヵ月後
「もう少しだけ、もう少ししたらなんとかできるから」
途中・・・まだ、途中
1年も経っていないが途方も無い途中に限界を感じていた。
何週間ぶりかの休み。
油をささなければ動かないようなガタピシとした体を起こし、コンビニで弁当を買いふと遠回りして家に帰るとき何年か前に閉店になったスタジオを見つけた。
「そういや、ここスタジオだったよな」
使ったことはないが覚えはあった。
スタジオは駐車場の奥にあり、入り口と思わしきところには電源の入らぬ"OPEN"のネオンがたたずんでいた。
そのとき駐車場の門が開き一台の車が出てきた。
オレはコンビニ袋を片手に何を思ったのかその車を停めドライバーへ話しかけた。
「すいません。スタジオ貸してもらえません?」
こうやってキャメルスタジオは始まった。
それはまた長い途中の始まりでもあった。
あれ?おかしいな。
ライブハウスの件の進捗を書くはずがキャメルスタジオを始めた頃の話になっちまった。
これは書籍化決定かねwww
ま、いっか
のんびりやるよー