-日本へ-
朝起きるとひどい二日酔いだった
最終日の夜だってことでやりすぎてしまった感は否めない
日本に発つ飛行機が出るのは夕方4時との事だったので、とりあえず残り時間を買い物へあてることにした
もはや通いなれたレギャン通りへでてまずは二日酔いにいいものを胃に入れようとかき氷店へ入る
さて、軽く胃を膨らましたならば買い物だ
土産にはどんなものがいいかとぶらぶら歩き回る
こうやってぶらぶら歩いていると今日日本へ帰るなんて嘘のようだ
数時間後には飛行機に乗っているなんて信じられない
ずっとここにいるような気がしてならない
そして、ある程度買い物をすませると帰りまで残り時間1時間半となった
後はとクタビーチ沿いを歩いてホテルへ帰ろう
名残惜しいが仕方ない
すると誰とも無くこんなことを言い出した
「あと、1時間くらい海入れんじゃね?」
さあ、こうなるととまらない
帰って忘れ物のチェックをしたりしなきゃならんというのに
残りの時間海へ入ろうというのだ
サーフィンをやらないオレはホテルへ戻り、荷物を確認してロビーで待っていることにした
しかし、集合時間になってもサーフィン組は帰ってこない
パスポートは持ってるし、航空券もある
機内に持ち込めないものは分けたし、後は帰るだけだな
と、DSを開いてピコピコとやっているものの
いつまでたっても他の連中は帰ってこない
バリではドナルドもサーフィンしてる
まったくもってどうしたものか?
と、思っているとボードを持った4人がどやどやと帰ってきた
「いやぁ、悪い悪いww」
なんて、笑いながら帰ってきたと思うと集合時間も過ぎてるというのにプールへザブンと飛び込んだ
完全に南国に毒されてるのだ
オレは時計を見ながらひやひやだ
こんな自由な国に来ていながらもどうにも、日本人であるらしい
集合時間5分前には着いていないと落ち着かない
ああ、もう、早く、早く
と、思ったもののそこからさらに買い忘れたものを買いに行くという
もう、空港まではぎりぎりなんじゃなかろうか?
ひやひやしながら車で待つ事10分。やっと全員がそろった
そして空港
フライトの時間まではまだ2時間以上の余裕があった
いかに自分の気が小さいか思い知らされた旅でった
そしてそれから20時間後
空港から直接仕事場に行き仕事をしてる自分がいた
どうやらオレは南国に向いていないらしい
どこまでも小さな日本人のようだ
-最後の夜-
長かったバリも最後の夜を迎えた
まあ最後だからと言って特別なことをするわけでもなく、ただただ呑んで過ごすつもりだ。
レギャンをぶらりと歩き適当な店を探す
と、そこで目に入ってきたオブジェがある。2002年にあったテロの記念碑だ
夜はライトアップされている
2002年にここでテロがあって202名もの人が無くなったらしい
ホテルからわずか徒歩10分
もし時間が5年ずれていたならば犠牲になっていたのはオレらだったのかも知れない
そしてその2年後にまたもクタとジンバランでのテロ・・・
容疑者を含め23名の人が亡くなった
地下鉄サリン事件での死亡者が12名
死亡者の数だけなら約19倍という規模だから事の大きさがうかがえる
陽気な島の人々はそんなそぶりをおくびにも出さないが、家族を友人を失った人だっているだろう
いつも明るいその笑顔にはつらい過去が秘められているのかもしれない
なんだか最後の夜にしては少し悲しい気分になってしまった
しかしそれでも酒は呑む
昼間食べた牛肉がやたら気にいったので再びステーキを頼みビンタンを飲み干す
しかし、さすがにビールは飽きた
何か他の酒は無いかと探し出す
そして別の店
バーカウンターが外から見えたの入ってみる
焼酎はないにしてもウィスキーくらいないかなぁ
これが数種類ならんでた
バリ・ムーン?聞いた事ないなぁ
普通にウイスキーとかジンとかがあればそれでいいのだが
そういった類のスピリッツは見受けられない
しゃあないからバリムーンとやらを頼んでみようと思ったんだが、これがまた高い!
仕方ないのでまたビールを呑む
胃液は薄まり消化能力を失って、血中のアルコール濃度は0.3%を超え足元がおぼつかない
そして睡魔は頭をもたげる事を困難にしていく
限界だ・・・
オレはここで皆に別れをつげホテルへ戻った
帰りの夜道、テロにあったらどうしようと考えながら
そして深い眠りについた深夜
同室のハゲがまたもゴツンゴツンと壁にぶつかりながら帰ってきた
Cherryよ何があったんだ
-友人の友人はアルカイダ-
「私の友人の友人がアルカイダだ。バリ島中心部の爆破事件に絡んでおり
私は中心部は爆破するから近づかないようにとアドバイスを受けていた」
2007/10/29にこんな発言をした日本の政治家がいる
つまり「アルカイダの爆破テロの情報を得ていた」という事なのだ
これって202名の人達を助けることができたのでは?
ってか、この政治家をたどっていけばアルカイダまでいけるじゃん
さらに驚く事にこの政治家、後の会見で
「知り合いの知り合い(がアルカイダに関連する)ということは間違いない。
事実を言ってはいかんということか。国際的な信用にかかわるとは思わない」
と、事実である事を認めている
そのコネ使ってテロ防げなかったのかなぁ










