そのあひるは、ため息で卵を温めていた。
近所の池に、いつからか住みついた白いあひるだった。
他のあひると違って鳴かない。ただ、じっとして、くちばしを少し開き、誰かのため息を吸い込むように首を傾ける。
最初に気づいたのは、仕事に疲れたサラリーマンだった。
ベンチに座り、思わず漏らした深いため息を、あひるがすうっと飲み込んだのだ。
その夜、池のほとりに小さな卵がひとつ現れた。
次の日、また誰かがため息をついた。
また卵が増えた。
主婦のため息。
学生のため息。
老人のため息。
池のほとりには、靄(もや)のように白く濁った卵がいくつも並びはじめた。
卵は温められていた。
あひるの体温ではなく、ため息に混じった彼ら自身の淀んだ記憶の熱で。
やがて、一つがひび割れた。
中から出てきたのは、あひるではなかった。
それは、ため息の主の顔をしていた。
ただし、目だけがなかった。
それは静かに歩き出し、再び池を訪れていた「ため息の主」の背後に立った。
そして、耳元で囁いた。
――もう一度、ついて。
その人は、自身の顔をした影に抗えず、深く、重いため息をつく。
あひるは静かに首を傾け、それをまた吸い込む。
卵が、増える。
気づけば池の周りには、
ため息から孵化した“誰かの顔をしたもの”が、静かに並んでいた。
今もあひるは鳴かない。
ただ、こちらを見ている。
あなたの胸の奥に、まだ吐いていないため息があることを、知っているから。
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