ボランティアレポート | インターナショナル・カンボジアNGOスクール 【ボランティアレポート】

インターナショナル・カンボジアNGOスクール 【ボランティアレポート】

NGOスクールでボランティアを体験された方々のレポートの紹介です。

色々と調べたり経験してきました。

村上 裕紀

2003年9月13日~22日


今回で2度目のボランティア参加。

 空港に着くと、ソチェット・ケムラ・TyDyが迎えに来てくれていて、かなりうれしかった。相変わらず馬鹿にされながらNGOへ向かった。半年振りのNGOはボランティア先生の数も増え、隣にパブらしき建物ができ賑やかになっていた。
 今回は前回1ヶ月間ボランティアをしていた時に大変お世話になった和泉さんがNGO理事から解雇され、また同時期に浅井さんが辞めてしまった事についてどうしても納得ができなかったので、たまたま夏期休暇の時期と被ったこともあって以前から怪しいと言われていた会計を中心に現状を調査するつもりでいた。13,14日は土日で芹沢さん、和泉さん、リーヒンにも会えなかったのでNGO校のPCの中にある情報を確認して、事前準備をした。


15日月曜日
芹沢さんと半年振りの再会。事前にメールを送っていて和泉さん解雇に納得をしていない事を芹沢さんが知っていた。芹沢さんが準備していた情報を一通り見せてもらう。芹沢さんの持っていた情報は、和泉さんが新日本語学校設立の際にブルーチップコンサルの大木氏を巻き込んだ証拠と、新校のスタッフ並びに時間割、ブルーチップコンサルと和泉さんの接点がNGO経由である証拠、会計情報。会計情報については収入に関する情報に偏っていたので、支出の記録を後日見せてもらう事を約束。その他に事の発端となっている健太郎さんのメールと、その前後で東さん宛てに送られているリーヒンからのメール3通。リーヒンが芹沢さんに話した不満の調書。またNGO校の経営状況全般について説明を受ける。
 NGO経営の現状の目的はカンボジア人の独立であり、当面の目標はNGO校を日本からの援助抜きで経営する事。現状では日本から送金されるお金でも赤字経営が続いており、その赤字を補填する為に毎月芹沢さんが寄付をしている。2003年に入り赤字額も減少してきており、授業料を200リエルから300リエルに上げればトントンまで持っていけると判断し9月からの授業料UPを6月23日に決定。それ以外の赤字補填策としては日本から送られてくるホースや自転車をカンボジアで売るというものがある。(これについては後ほど説明)
 一通り説明を受けた後に、ホースに関してトラブルが発生しているので見に来るかと言われ見学を希望。TyDy、芹沢さん、村上でソリアレストランへ行く。
 ホース事業に関しては、製造原価はもらい物なので無料なのだがコンテナを利用しての輸送費及び関税が高い。そこでボンツー→ボンツー父のパスを利用してministry of environmentに働きかけ、ホースを半分寄付する代わりに7000ドルから3000ドルへ関税を下げてもらった。しかし送られてきたホースは当初予定していた14口径(ここは記憶が不確か)ではなく11口径の中古品だったので使い物にならず何とか一部を業者に引き取ってもらった。その後ボンツーがNGOに来て6~7割のホースを売れ残りと知らずに持っていき売ろうとしたが全く売れなかった為にMinistry of environment大臣に怒鳴られた。怒ったボンツーはTDに怒鳴り込んできて問題が発生した。芹沢さんはボンツーよりもボンツー父と話をしたほうが早いと判断しソリアでの会談に至る。その席にNGO側3名の他にボンツー、ボンツー父、オイレンが参加。MOEはホースを売ったお金でポンプを20台購入する予定だったらしく、それさえどうにかなれば問題ではないとの事なのでNGOがMOEにホース10台寄付するという事で手を打つ。この日はこれで終了。NGOに戻ってソチェット、ケムラ、その他の懐かしい顔ぶれと遊ぶ。その際に和泉さんの学校に移り今はリーヒンの学校にいる仲の良かったソピー君が探していると耳にする。

16日(火曜日)
 朝8時に目を覚ます。もしかしたらと思い外に出るとソピー君と再会。開口一番「このNGOは悪いNGOです。日本からのお金を盗んでいます。授業料も急に300リエルに上げると言われ生徒たちがかわいそう。300リエルだと生徒の数が減って先生の給料も減ってしまう。本当にひどいNGOだ」と15分くらい話される。ひと段落ついたところで、どうしてNGOがお金を盗んでいる根拠を尋ねるとリーヒンに聞いたと答える。NGOをやめた理由はについて尋ねると給料が下がるからと答える。給料を上げたくてリーヒンと働いているのだから、NGOの悪口を言ってないで自分のやるべき事をがんばりなと伝えると、また10分くらい同じ話を聞かされる。おかしいと思ったので、NGOに戻りたいのと聞くと照れながらうんと答える。一人で行くのは怖かったようなので一緒にTyDyの所まで行く。
 その後、せっかくなので何かやろうと思い、前回原田が楽しそうにやっていた習字の授業を思い出す。道具はそのまま残っていたので早速TyDyに話し水曜から開始と告知する。石井君、関根さん、田中さん、三好君と一緒にやる。
 12時からプランテーションの見学に行く。これは農業に詳しくカンボジアでNGOに協力したいという日本人がおり、その人を中心に農業事業を立ち上げNGOの生徒に職を斡旋し、利益が出れば生徒の就職口となるので検討している案件の下調べ。芹沢さんからの説明では良いプランテーションはこの他にいくつか当てがあり、もしこの話がうまくいくようなら拡大するとの事。ただしまだ確度の低い話なのであんまり言っては駄目だよと言われる。(と言われつつ、前回は見えなかったNGOの取り組みなので紹介します)このような話は最近いくつかあるようなのだが、芹沢さんの経験上、話しだけということ良くあるので過度の期待はしない方が良いそうです。
 プランテーションで本当においしいマンゴーをご馳走になり、スコールの歓迎を受けNGOに帰る。かなり疲れていたので車でちょっと転寝をする。NGOに戻ってソチェット、ケムラと遊んでこの日は終わり。

17日(水)
 平和な午前。TyDyが朝一で支出に関する記録を見せてくれる。伝票単位でも保管してあった。別件でクリスタルツアーの事務所移転に伴いNGOにオフィスを構えさせてくれないかという話がある。その際に日本語を話せる人とメールを書ける人を派遣して欲しいとの事なので、もっと具体的な話になった時に備えて、NGOの日本語教師から派遣するスタッフの選考基準を定める為の面接&テストを行うと決める。実施は定例ミーティングの土曜日。その準備を竹村さんと村上がやってくれいと芹沢さんに言われる。面白そうなので準備をぼちぼち始める。他に会計について竹村さん(この時さすが元銀行と思った)具体的な改善策について話し合う。結果、やる事はやっているので必要に応じて文章で説明を付け加え、一覧にまとめてある項目別の収支、支出表を見せれば分かるという事で合意。
 午後は習字の授業とアシスタント先生をやる。ソリン君が4:30~のゴールデンタイムで生徒4人の中頑張っているので冷やかしに行く。生徒が少ないから帰ると言ったので一緒にやる。気まずそうだった。6:30ソチェットとRoom1付近で話しているとリーヒン校で先生をしているキムホン君(元生徒)が来る。「今日はこれから学校で試験があって忙しいんですよ」と言いながら話かけてきて適当に受け答えすると、ソチェットがクメール語で話して「さよなら先生」と言ってキムホン君が即効で消えてしまった?ソチェットに聞くと「こんな時間から何が忙しいの?って聞きました」女の子って万国共通で怖いです。
 その後リーヒンに会いに行く。ちょっと疲れた顔をして出迎えてくれた。奥さんがおめでただった。一通りやめた理由と疑惑の会計の話をする。ちょっと悲しかった。
 その後和泉さんに会いに行く。歓迎してくれてかなり懐かしかった。半年前と同じ口調で話をしてくれた。半年前とだいぶ違う話をしていた。ネットカフェはカンボジア人に世界を見せ、自分の国の悪いところに気づいてほしいからと言っていた。今は食べていくためにやって何が悪いと言っていた。MOEの話もNGOが売れないホースを騙して渡したと話した。以前、村上、原田、桑田、小笠原さんで作った「ボランティア先生活動マニュアル」も全く利用されていないと話していたが、HPにも載っていたし今のボランティア先生がNGOに来て最初に渡されたと話していた。会計について一通りの書類は揃っていたと伝えた所、一瞬沈黙が続き「でも、不正する事なんていくらでもできる」と話を振った、「家賃もオーナーに確認をとったの?」と聞かれた。この瞬間不信感が広がった。土曜日の試験と会計について話を進めなければいけなかったので30分程でNGOへ帰る。

18日(木)
 朝6時に関根さん、井上さんがボランティアを終了してシェムリアップへと旅立つ。一緒にエステに行った仲なので、感傷に浸りたかったのだがトンレサップ湖付近まで送るはずのTyDyが何故か来ない。井上さん風気味、雨も降る。こりゃーいかんと思いリタにジャンパーをもらう。悪い知らせは聞かなかったので無事だったみたいだ。(リタにはTyDy経由でジャンパーがプレゼントされる予定、TyDyは6時~6時30分の間だと思っていた)
 午前中は平和に終わる。午後からはプノンペン市内をふらつきながらお土産を物色。その後習字の授業をしてソチェット・ケムラと遊ぶ。ソチェットに「始めてあったとき失礼な人で嫌いだった」と言われる。なるほどと妙に納得する。
 夜はボランティア先生みんなで面接の話をどうするか話す。とりあえずたたき台を作ってみる。

19日(金)
午前 芹沢さんに叩き台を見せる。英語の先生にも公平にテストを受けられる機会を作る事に決まる。村上エセ英語でがんばってみる。
午後 和泉さんのネットカフェに行く。雑談を楽しんだ後(やっぱこの人が好きだな~っと思う)最後の習字の授業に取り掛かる。3日間の短期イベントだったのでとにかく楽しむ。5:00~NGOが広告を出している新聞社を尋ねる。NGOの生徒に通訳兼ドライバーをお願いして広告の載っている新聞の購入と伝票の確認をする。金額は一致、広告の数も一致。特に怪しい点はなかった。
 NGOに戻ると剣持さんが到着していた。ボランティア先生全員と剣持さん、チャンシー、コンウェイ、TyDy、芹沢さんとメコン川でボートクルーズ、その後食事。食事の後芹沢さん宅に御呼ばれして色々な話を聞く。芹沢さんの仕事の話、NGOの話、カンボジア人の話、今回の一連の騒動に関する芹沢さんの見解など。話しを聞いていると、20年前の伝説の商社マンクラスの話しだった。前回は土方と言われていたのでそう認識していた自分が恥ずかしかった。東南アジア経営者暦30年のキャリアは日本人としての感性を失わされると共に、東南アジアにおけるローカルスタッフの経営手腕と三井造船・三菱地所・清水建設を相手にしないローコスト・ハイスピードの建設を可能とした。三好君はこの日で最後。クリスチャンパワーを感じた面白い人だった。

20日(土)
 学校へ行くとTyDyに司会をやってと言われたので興味本位で引き受ける。ケムラがクメール語で翻訳してアシスタントティーチャーに伝えてくれた。テストの趣旨に「ある程度人事に絡んでくる」と伝える先生達の顔が曇る。TyDyがすかさずフォローを入れ、特別授業を受けて語学力を上げれるようにNGOがサポートすると伝える。TyDyイメージアップ、村上イメージダウン。先生向けの能力チェック試験を開始する。科目は筆記試験と面接によるヒアリング、スピーキングレベルチェック。英語担当村上・TyDy、日本語担当 竹村、田中、石井。面接を通じて、初めてカンボジア人先生のNGOで働く動機を知る。職とキャリアを考えてが8割。2割が生徒がたくさんいるのが面白い。例外が1人、英語のHour先生。クリスチャンで他のプライベートスクールでも英語を教えている人気先生。給料はプライベートスクールの方が良いがボランティア目的でNGOでも教えている。ただ、ソチェットの話では、最初はみんなそう言うが結局お金になってしまう事が多いと話していた。
 もう一つの発見はTyDyが全員の志望動機、性格を把握していること。そしてカンボジア人のマネジメントの仕方を知っていること(これはそう見えただけの話)面接の時に、TyDyに他に聞きたいことがあるかと聞くと大抵「君は会計が好きだから今のここで教える事を選んだんだよね」とか「他にも理由はあったでしょ?」と引き出してあげようとする。
 TyDyは不満を言わない。2回だけ自分が疑われていた事についてちょっと感情的になったが、滅多に負の感情を出さない。芹沢さんが良いやつというのもうなずけた。それと知らなかったのだが、TyDyは北朝鮮にいるリナと結婚していた。(芹沢さんも知らなかった)夜は芹沢さんと今回の一連の調査についてのレビューをする。ちなみに芹沢さん62歳の誕生日。一緒にお祝いをした。

21日(日)
 ソチェット・ケムラ・ソチェット兄・リンさん・リンさん友達、石井君、田中さんとウドン山へ行く。普通に面白すぎる一日だった。そして、うれしかった。
 22日(月)
 ボランティア最終日。インタビュー結果、会計、その他諸々のドキュメントを作成する。合間を縫ってソチェット、ケムラが遊びにくるので一緒に遊んでいる。ホームステイの写真を見せてもらう。大阪の林さんは凄く良くしてくれたようだった。やっぱりこの空間が好きだと思う。来年また来ることを約束して帰る。生徒に送ってもらう。


○芹沢校長について
  本人も話している事だが日本人としての感覚を失っている。メールなどを見ていると攻撃的な印象を受けるが、文化の違う東南アジアでローカルスタッフを取りまとめる為には必要な感覚だと私は考えている。逆に日本人から見ると、話しにくいと感じる点があるので誤解されやすい。面倒見は大変良く、ちゃんと話をした事のある日本人ボランティアからは好評。

○TyDyについて
  人事及び経理の業務に携わっているのでローカルスタッフから嫉妬の対象となっている。TyDyについての悪い噂を口にするローカルスタッフは多い(男性のみ)

○カンボジア人について
   日本人が同情するパターンを学習しており、特に日本語レベルの高い物ほど熟知している可能性が高い。お金が直接的に絡むと特に同情させようとする。また、これは日本人も同じ事だが自分の実力が正当に評価されていない(賃金に反映されていない)と考える傾向がある。概ね彼らのスキルに対する市場価値は彼らが考える以上に低い。これは芹沢校長がカンボジアにある他の日本語学校と比較しての見解。私の経験をベースに話すと、Hour先生レベルで月230ドル(プライベートスクールでの給料)なのだが明らかに教師としてのスキルの低い先生が同じ金額を口にする。

○ NGO校について
全体的な日本語の会話能力という点では半年前に比べて低下していたが、教師としての質という意味では向上していた。また、ソチェット・ケムラ・チャンシーの語学力の向上は目覚しく、ネイティブスピードの口語表現のヒアリングに関しては8割聞き取れていた。ボランティア先生と会話をするという事を通じて語学力を身に付けたものと考えられる。
NGO校の運営については以前よりも規律を増やし運営体制を強化していた。教師に制服及び名札を支給、毎週土曜日に行われる定例ミーティング、月一回の全体ミーティング(芹沢校長参加)また意見箱を設置して学校全体の意見を汲み取る仕掛けを設けた。(9月22日の段階では活用はされていない、再周知は29日にされる予定だった)全般的にいい方向に進んでいると思う。半年間でそれを実感できたのは単に私の知識不足による所もあると思うが1年後、2年後を見るとカンボジアNGOが掲げている理念の実現に向けて進展していく為の実績は確実に積んできているのだと思います。