みなさんご無沙汰しました。五野上 良(ごのかみ りょう)再び登場です。現在1月の9日、明日でボランティア生活2ヶ月となります。やっとこさ、この学校に根をおろした感じです。毎日の生活パターンもだいたい決まってきて、安定した暮らし(?)をしています。
今ごろ日本はお正月ムードが残る中、仕事や学校が始まっていることだろうとしばしの回想シーンにひたってしまったりもしますが、ここプノンペンでは新年を迎えたのにもかかわらず何一つめでたい事などなく、いつもと変わらぬ毎日です。西暦でいうところの新年をこの国の人は祝いません。そして、面白いことに周りの誰もが祝わないと、めでたさは半減どころか皆無です。大晦日の夜11時には日本人ボランティアは全員、床について寝ていました。次の日の朝、ただのひとつの習慣として私は「明けましておめでとうございます」といいました。なんだか本当に不思議な感じです。
しかし、年末年始に何も事件がなかったわけではありません、年末年始はこのNGO学校に総勢10人の日本人がいた瞬間でもあります。私がここに来てからというもの学校にいた日本人はみな長期のメンバーで各自、安定したスケジュールの下、のんびりと暮らしていました。ところが日本でいうところのお正月にたくさんの日本人が休みを取ってこの学校へ来てくれました。新しい年、この学校に新しい風が吹きました。
新たにきた日本人ボランティアは本当にそれぞれ個性のある授業をしました。3日間かけて日本の歌を教えた人や、花咲かじいさんの絵本を悪戦苦闘しながら教えた人。(絵本に使われている言葉は意外に難しいものです。)絵と言葉を組み合わせる神経衰弱をした人、折り紙をした人、伝言ゲームをした人、日本の1年間の行事をテーマに授業をした人。その中でも一番印象的な授業はトイレ掃除でした。えっ?トイレ掃除って????
そうです、読んで字のごとくトイレ掃除です。トイレを掃除することです。年末の休みを使って航空券を買って、ヴィザ代を払って、カンボジアにトイレを掃除しにきた先生がいます!私はこの奇特な宮川先生が大好きです。彼の授業計画をマネージャーのTyDyに伝えたとき、TyDyはとても渋い顔をしました。私はTyDyに「校門の横の伝言版に"トイレ掃除を一緒にしよう"とクメール語で宣伝して、生徒を集めよう」と言いました。TyDyはあからさまには何も言いませんでしたが、その顔からは明らかに"カンボジアにはそんな文化はないぞ"という気持ちがにじみ出ているようでした(笑)
結局、「やってみなければ分からないよ」という一言で押し切り、NGO始まって以来の革命的なトイレ掃除クラスはスタートしました。とは言っても、集まる生徒の数は未知数。私は正直"一人も集まらなかったらどうしよう"とハラハラしていました。
決戦の当日、NGO校1Fのトイレ前には9人の侍が集いました。よかった!私はおしきった本人として、とても心配でした。後で聞いた話ですが、カンボジアの公立学校でも生徒が交代で学校の掃除をしているそうです。NGOでも同じことをやっても何らおかしいことはないはずです。9人の侍は素手、素足になって宮川先生持参のお掃除グッズを手に取りトイレ掃除をはじめました。私は生憎、その時間は授業があったので、その掃除の光景がどんなものであったかは詳しく分かりませんが、私の授業が終わってからトイレの前に行くと、集まった全員、なんとも清清しい顔をしていました。トイレも綺麗に光っていました。どうだったかと聞くまでもなく前代未聞のクラスは成功に終わったのでしょう。
前日に宮川先生は掃除をすることについて私に話してくれました。そのお話の中で、私の心に残ったのはこんな感じです。「モノがあふれるこの社会で、一緒に下座して(しゃがみこんで)掃除をすることに何か意味がある。毎日、綺麗なものを見ていると心が綺麗になる。ごみひとつ拾えないものに何ができよう。掃除をすることを教えるのではない。掃除に学んでほしい」と。これは、宮川先生の言わんとすることの20%位かと思いますが、私の心に響いたのはそういったことでした。そしてこれが、決してお説教くさいものではなく、なんというか宮川先生の独特なまったりとした話し方で、心の中にすーっと入っていくのです。
それからというもの、私はオフィスとオフィスのトイレと一つの教室を中心に毎日、掃除をはじめました。毎日続けると、これが特別なものではなくなり、生活の一部となってきます。そして気が付くと、カンボジア人、日本人を問わず、みんなが掃除をはじめます。しかも私の見ていないところで。
しかし、宮川先生はこうも言っていました。「掃除は皆が寝静まったときにやるもので、決して"私がやりました"と言いふらすものではない」と。ここが私の至らないところです。掃除が終わって綺麗になると嬉しくて嬉しくて誰かに言わずにはいられなくなります。掃除をしたのに誰も気づいてくれないときはまるで、髪形を変えたのに誰も気づいてくれないときのような気分になります(自分で書いておいてまったくいい例えだと笑ってしまいますが)
現在、年末年始のボランティア6人は帰国し、もとの長期組が残って、のんびりと暮らしています(これは、嵐の前の静けさだったりもしますが)しかしあの6人が吹かせた風は今でもこのNGOに吹きつづけているように思います。
(次回へ続く)