自分は、本当に無防備だと感じる。
どういうことかっていうと
何か人生の選択をするときに
選択をする前に
後悔しないように
選択する前に、少しでもその分野のことを知りたい、と思い
情報を集めたり、知識を付けたりすると思う。
そして、そうしていく過程で
段々と見えてきて、良いと感じられれば選択をすると思う。
今から、書く事は今日、ルームメイトからゆきに対して感じられた事を伝えられ
さらにゆきが自分を振り返り伝えて、お互いに納得のいくまで話した内容。
(30分くらい話したかな?)
でも、ゆきは違う。
初めに、「確信」が感じられるの。
「この選択で間違えない」って。
魂の反応が感じられるの。
こちらで、間違えない、って。
これまでの記事で書いてきたような
魂のレベルでの繋がりや気づきが強く感じられるの。
だいたい何に対しても感じられる。
これは、パートナー(相手)を選ぶときにも感じられる。
出会った瞬間に感じられるの。
その、魂から感じられる「こちら(この人)で間違えがない」って感じられるのには
しっかりとこれまでの偶然の一致や自分の事が感じられ、確信が感じられる。
その分野の知識やその人のことを知っているかなど、ある、なしに関係なく。
別に知識を予め付ける事は必要ないって感じられるから
逆に、間違えて選択してしまったら
すぐに「違和感」が感じられる。
魂が嫌がっているのが、強く感じられる。
材料やその人をしる手がかりが手元にあっても
「必要性」が感じられなければ、利用しない。
でも、「間違えがない」と確信はある。
必要性が感じられなければ、自分からは働きかけないのです。
必要があれば
今までもそうだったように
ベストなタイミングで自然に与えられると感じてる。
「必要性」が感じられなければ
あえて自分から求める必要なないと感じる。
無防備で良いと。
知識もなにもなくてもいいと。
これが、生まれてからの自分の生き方。
そして、必要な物は、与えられて、感じられてきたと感じる。
無防備、これが何事も良く感じる事ができる秘訣だと思う。
概念も何も持たない。
ルームメイトが「ゆきは、何に対しても中立だよね。」って。
これが、中立でいられる秘訣だと感じる。
自分からは「必要性が感じられない」と、求めない。
全てのことが中立に起こり
自分は良いと感じられる方向が感じられ、選択する。
常に、充分にありのままの自分でいられる。
そして、常に無防備なまま、自分はありのままで存在している。
それが、自分であり、感じられたままに導かれている、と感じられる。
はたから見ると「危なっかしい」と思う。
両親は、とても心配だと思う。
自分でも、たまに
どうして選択したこと対して
知識などがなく
別に、自分から知識を身につける風でもなく
そんなに自信満々に、すぐに確信が持てるのか?
っと、感じられ、笑っちゃっう。
もちろん、どうしてかは、分かる。
ルームメイトも同じことを聞いてきたけれど
同じことをゆきに対して感じてることが分かって、笑ってしまった。
(ルームメイトも理由は分かってるけれど、可笑しくて聞かずにはいられないみたい。(笑)
自分は、同じような人に会ったことがない。
おそらく、ルームメイトも、自分みたいな人に会った事がないと思う。
だから興味津々って感じで
そして、いつもゆきの感じられ方、生き方、存在の仕方を素晴らしい。
滅多にこのような魂や、このようなレベルで感じられる人はいないと思う、って言っている。
これが自分で、ただありのままに、感じられたままに生きてるだけ。
これしかできないと感じる。
時々、自分の決断力に笑っちゃう。
どうして、知りもしないで確信が持てちゃうの?って。
でも、魂は、既に深いレベルで物事を感じられてると感じるから
即、確信が持てると感じる。
同時に、どうして確信が持てるのか理由も感じられえる。
瞬時に、その場で偶然の一致や、前後の繋がりや自分の魂のことが、深く感じられる。
そして、ありのままでいるうちに、知識が後から与えられると感じられる。
本からではなくて、自分には状況や体験を通じて感じられる。
これが自分。
常にありのままでいて
必要なことがベストなタイミングで感じられる。
別に知識など身につけなくても
状況から、必要なことが感じられ確信が持てる。
どのようにしたら良いのか。
どちらを選択したらよいのか。
どちらに進むべきか・・・など。
偶然の一致など、同時にどうしてそのように感じられるか理由も感じられ
魂が喜んでいるのも感じられる。
だから、シュタイナー教育の知識はないけれど
手元にルームメイトが貸してくれた、シュタイナー教育の本がたくさんあるけれど
あえて、手を付けたいと感じられず
でも、自分はシュタイナー教育への道へ行くべきだと、確信が持てる。
確信が持てるのは、魂の深いレベルでしっかりと感じているから、だと感じる。
どうして、確信が持てるのかも、感じられる。
それは、偶然の一致が見出せ、自分の魂とシュタイナー教育が繋がっていたのが感じられたから。
どうして、自分はあえて自分から知識を付けなくても良いのかも、感じられる。
それは、全て、必要なことは与えられるから。
充分にありのままの自分でさえいれば。
必要なことは、しっかりと感じれている、と確信がある。
そして、これが自分。
生まれてから何に対しても、自分は、ただありのままでいた。
これからもずっと、そのままの自分で
・・・はたからみると無防備かも知れないけれど
このようにして
必要なことは全て感じられ、吸収しているのだと感じられる。
自分はこのようにして
概念を持たずに、何事も中立で、感じられたままに生きているのだと。
そして、必要なことは、全てベストなタイミングで与えられると感じられる。
恐れや不安は、全くと言っていいほど感じられずに
何に対しても身構えたりせずに、冷静で、自分をフルに表現して
人に対して、期待もせずに
でも、周りの全ての人を無条件に愛している、と感じられる。