三木城址と歴史街道 | 夢とウツツの間
ローカル色が残る神戸電鉄の三木小野方面の粟生線で約50分乗車して恵比寿駅での集合は、歴史探訪クラブの11月の例会「三木城址と歴史街道」です。神戸市への通勤圏が20%のベットタウンとして機能している三木市は以前、山歩きのメンバーで登ったシビレ山453mの麓からなす標高200m以下が90%という田園都市です。
金物産業が有名ですが、三木合戦での敗戦も虚しい歴史的な街並みが現存している城下町でもあるのです。1年10ヶ月もの間、羽柴秀吉による「三木の千殺し(みきのひごろし)」と呼ばれる兵糧攻めの末に自刃して開城した三木城主の別所長政の辞世の句「今はただ うらみみもあらじ 諸人の いのちにかはる 我身とおもへば」の句碑が天守跡に建っています。
20代の若さで切腹に追い込まれた別所長治公像の制作は、ボランティアガイドさんの説明によると中国に発注?した経緯は然る事ながら、それなりの不自然さは随所に見て取られ「ちょっと残念!」・・・・(刀は剣のようだし、戦国武将の凛々しさに欠ける!)



竹中半兵衛が病気療養のため有馬温泉(湯の山)に通った「湯の山街道」には、今に伝える昔の面影が残る「虫籠窓やうだつ・船板壁」等の昔の風情が漂う古民家が点在しており、型染・大工道具そして地場産業となった金物の町へと変貌していった城下町は思いの外、見所がいっぱいでした。

