自宅の駐車場の片隅にドクダミの花が咲いていました。
あの強烈なにおい、私は嫌いではありません。
小学生のころ、皮膚が弱かった私のために、母がドクダミを採って来て、乾燥し、ドクダミ茶を作ってくれていました。
何年生の夏休みだったかは覚えていませんが、麦茶の代わりに、そのお茶を飲んでいたことがありました。
大きいアルミのやかんに作り置きしてある常温のお茶を、コップに注いでごくごく飲んでいた頃を、あの独特のにおいをかぐと思い出されます。
不思議と子どもの頃から、ドクダミ茶にはほんのりとした甘みのようなものを感じていました。
ドクダミ茶は私にとっては母の味です。
ドクダミの白く花びらのようにみえるものは、 「総苞片」(そうほうへん)といって、花を守る葉のようなものだそうです。
中心部の黄色い部分が花だそうです。
黄色く小さい花の集合体
総苞片の帽子をかぶっている
こんなお茶目な花もありました
花言葉を調べてみtると、
「白い追憶」
とありました。
日本人にとって、ドクダミは子ども時代の懐かしさを感じさせる象徴なのだそうです。
また、別名「十薬」と呼ばれるほど薬効があり、漢方に用いられているそうです。
私の体を気遣ってお茶を作ってくれた母に感謝しています。
久しぶりにドクダミ茶が飲みたくなったので、生えているものを抜いて、自分で作ってみようと考えておりましたら、昨日母が家に来て、他の雑草もろとも刈り取って行ってくれました。(笑)
おかげさまで、庭と駐車場はさっぱりきれいになっていました。
ブログの写真は5月11日に撮っていたものです。
撮っておいてよかった。
がっかりしなくても、容易に見つかる草であることも事実ですけどね。
母にとっては、それほど思い出深いものでもなく、厄介な雑草の一つなのでしょうね。
コショウ目ドクダミ科ドクダミ属
そんな母への「母の日」のプレゼントは、大好物の「ケンタッキーフライドチキン」にしました。
高価なものをあげても、すぐにお返しをしてくるのがわかっているので、いつの頃からこんな感じです。
考えてみると、虫や鳥がそうであるように、本能の趣くままに生きていたら、たまたま母親になり、子どもが産まれるとそれはそれは可愛いので夢中で育てていたら、いつのまにか「お母さん」と呼ばれるようになっていました。
ただそれだけのことなのに、「母の日」を祝われると、嬉しい半面、正直ちょっと照れくさく、恐縮する気持ちもあります。
自分の三人の子ども達が成長し、50歳になった今、母の気持ちがようやくわかるようになりました。
さきほど、デジカメの電池が切れ、あわててAmazonに注文しました。
電池が届くまで写真が撮れませんので、これからカメラなしで公園に散歩に行って来ます。
楽しんで来ます。
それではごきげんよう!



