投資の対象としての大学生 | 北加発:アメリカ合州国、教育、人々、その他、なんでも

投資の対象としての大学生

応募する立場から大学を眺めた時には、入学審査の壁というのがあり、その壁を突破することがとりあえずの目的でその向こうの入学審査の側のことがよく理解できないと言う面があるように思います。私がこれから説明するのは常識的に考えるとこのようなものだということで特別なスクープではありません。ただ、大学教育というのは、現時点の制度のなかでは、義務教育とおなじ生来の権利ではなく、選ばれたものだけが受ける特権ですから、これは頭に入れておいた方が良いと思います。

さて、州立の大学では、州民の学生の授業料は州外生や留学生とくらべて随分安くなっています。これは、州民の学生には、税金から教育費の補助をして安価に大学教育をうけてもらおうという趣旨に沿うものです。これに比べ、州外生の授業料は実費の金額か、少しだけの補助のあとの金額になっています。州としては、将来、州のさまざまな分野を指導する人材を育てたいと言う希望があり、また、家庭の収入が充分ではなくても大学教育がうけられるような受け皿としての機能も重要視していると思います。カリフォルニアのUCを例にとってみると、州外生とその他の学生の授業料の違いは、1万7千ドルくらいです。したがってすくなくても、この程度の投資、補助を州内生は納税者から受けているわけです。

さて、見方をかえれば、大学が合格者を決める際には、その合格者がこの年間1万7千ドルの投資に値するかどうかが決定の要因になるともいえると思います。大学教育で成果を上げることができる可能性のある生徒を合格させたいというのは、大学共通の一番大事な希望です。成果=卒業が州立大学の指標ですから、カリフォルニアの州立ですとUC,CSUともに入学審査のさいには、卒業率と相関関係のある高校での成績が一番の評価の対象になりますが、大学の難易度がますごとに、SATの点数、課外活動といったほかの要素も競争の要素となってきます。エッセイがUCLAやUC Berkeleyでは大事な要素になっています。しかし、全体をながめれば、数字に依存した入学審査の傾向は否めません。端的にいえば、成績が良ければ、この1万7千ドルはゲットできます。

これが私立となると、学生一人にたいして、総経費が支払われたあとでの補助額が3万ドルから3万5千ドル程度のところが数十校あるわけですが、こちらの方の入学審査はその投資額に比例して、より詳細な審査となってきます。卒業できる学力があるのは当たり前、その学力以上の能力のある応募者をスタートラインに並べて見てその中から、選り取りみどりもっとも自分達が求める生徒を合格させていくわけです。この生徒は、3万ドルの価値があるかどうか、これは失敗したら、この金額の無駄づかいになるわけで真剣にならざるを得ませんね。いってみれば、1000人の新入生がいれば、それだけで3千万ドルのお金の使い道の審査になるわけですね。実際には、FAもあることですから、あと、千5百万ドル程度の支出もあり、金額でいえば、人口10万人の日本の市の予算と同じくらいとなるでしょうか。

またの繰り返しになりますが、応募する側にとってみれば、自分がその投資の対象としての審査に耐えるだけの学力をふくむ魅力を高校時代の培っていなければいけないわけですね。