ケインズ主義者たちよ、がんばれ
アメリカの議会で、今日、金融市場建て直しのための税金の投入案が否決されました。共和党の古典アダムスミス信奉者による、反対票と、民主党の原案では規制がたりないとする反対票によっての否決のようです。共和党の大多数が支持する、小さな政府、市場への政府の介入を認めないといった、古典的な自由経済主義者たちの政策の結果が、この
有様なのに、その因果関係が理解できないというのは、どういうことなのでしょう。
1930年はじめの大恐慌は、政府の不介入によって、その波及効果は留まるところを知らず、失業率が24%まであtがりました。ブッシュ大統領の対応をみると、小さい政府、政府の不介入といった7年間の提言を180度翻しての、今回の上程ですから、、Harvard MBAとういうのはこの程度であったのか、と失望ですね。
イギリス人のケインズが近代経済学を始めた動機というのは、マルクス主義からくる脅威だったときいてことがあります。このマルクス主義の経済分析を反面教師として、2階層による階級闘争を阻止するために中産階級の創出をも見込んだ経済学で、政府が富の再分配の役割をにない、その効果については、恐慌中の'新規まき直し'政策の結果が例に挙げられると思います。企業の国有化、国有の企業の創設によって、雇用を促進し、経済を刺激して正常化にもっていったこの時期には、この経済思想を疑う庶民が居なかったのではないかと思います。
今回の否決で私が驚いたのは、いまだに古典的なアダムスミス論者がこんなに政界にいるのかということで、政治家の教養の程度というのは、いまいちですね。これは、アメリカの教育のなかで、マルクス主義が教養の一部として
きちんと教えられていないことに関連しているかもしれません。キリスト教の勢力が強いこの国では、或る意味では
この主義の教育は知的なタブーなのかもしれません。
小田実さんが、40歳近くなってから友人に借りて、資本論全4巻をはじめて読んだことがありました。その読後感をその友人に聞かれた時、小田さんは、マルクスも中だるみだねえ、と言ったそうです。こういう感想はいいですねえ。
日本との戦争で勝つために、日系人が収容されていたキャンプでリサーチをして、書かれた「菊と刀」が日本人社会の価値観を解析したわけですが、コミュニストに勝つためのその理論の科学的な解析というのは、今まで在ったのでしょうか。私には、進化論とおなじように、宗教的な観点から、忌まわしきものとの判断しかなかったように思われます。
私のような素人には、マル経と近経との折り合いというのは不可能だと思われますが、おなじ流派のアダムスミス論者と、ケインズ論者の間には、妥協点というのがあるのではと、感じます。
起て、ケインジアンたちよ。
有様なのに、その因果関係が理解できないというのは、どういうことなのでしょう。
1930年はじめの大恐慌は、政府の不介入によって、その波及効果は留まるところを知らず、失業率が24%まであtがりました。ブッシュ大統領の対応をみると、小さい政府、政府の不介入といった7年間の提言を180度翻しての、今回の上程ですから、、Harvard MBAとういうのはこの程度であったのか、と失望ですね。
イギリス人のケインズが近代経済学を始めた動機というのは、マルクス主義からくる脅威だったときいてことがあります。このマルクス主義の経済分析を反面教師として、2階層による階級闘争を阻止するために中産階級の創出をも見込んだ経済学で、政府が富の再分配の役割をにない、その効果については、恐慌中の'新規まき直し'政策の結果が例に挙げられると思います。企業の国有化、国有の企業の創設によって、雇用を促進し、経済を刺激して正常化にもっていったこの時期には、この経済思想を疑う庶民が居なかったのではないかと思います。
今回の否決で私が驚いたのは、いまだに古典的なアダムスミス論者がこんなに政界にいるのかということで、政治家の教養の程度というのは、いまいちですね。これは、アメリカの教育のなかで、マルクス主義が教養の一部として
きちんと教えられていないことに関連しているかもしれません。キリスト教の勢力が強いこの国では、或る意味では
この主義の教育は知的なタブーなのかもしれません。
小田実さんが、40歳近くなってから友人に借りて、資本論全4巻をはじめて読んだことがありました。その読後感をその友人に聞かれた時、小田さんは、マルクスも中だるみだねえ、と言ったそうです。こういう感想はいいですねえ。
日本との戦争で勝つために、日系人が収容されていたキャンプでリサーチをして、書かれた「菊と刀」が日本人社会の価値観を解析したわけですが、コミュニストに勝つためのその理論の科学的な解析というのは、今まで在ったのでしょうか。私には、進化論とおなじように、宗教的な観点から、忌まわしきものとの判断しかなかったように思われます。
私のような素人には、マル経と近経との折り合いというのは不可能だと思われますが、おなじ流派のアダムスミス論者と、ケインズ論者の間には、妥協点というのがあるのではと、感じます。
起て、ケインジアンたちよ。