マルクス主義再訪
歴史の原動力は経済であり、そのもとになるのは労働というところから、絵解きして、歴史的必然、唯物的弁証法といった論理を駆使して、その理論的な到達点として将来の世界の姿を見せてくれたのが、マルクス主義でした。
最近の中国をみて、これは資本論的な歴史の課程を省略しての、はしょった革命をしてしまったので、資本主義を取り入れて、歴史のやり直しをしているんだと私が友達に冗談をいって、友人の顰蹙を買ったりしています。しかし、つらつら、世の中をみていると、今のアメリカの社会のありかた、階級の2極化、ホームレスにみるルンペンプロレタリアートの出現、組合の無力化といった面、さらに金融資本の経済全体に対する影響力の強化と言った傾向をみるとき、この面の分析として、資本論の主張もうなずける部分があるのではないかと感じています。
片方に、社会主義革命という現実があったために、その抑止としてアメリカの社会は中産階級社会としての社会の枠、経済の枠のなかで発展してきたように、私は感じています。組合員であることが中産階級であるという図式のもとになっていたと思います。しかし、ソビエトの崩壊後、制度としての社会主義の破綻は、理論的な破綻であると言う理解のもとに、全面にわたる、資本からの社会変革の攻勢が現れてきているように私には思えます。ウォールストリートによる、企業への締め付けがはじまり、利益を前期よりもどれだけ上げられるかという要求があらゆる産業に対してなされるようになりました。タガの外れた資本主義というのもこまったものです。
ここでの掛け声は、グローバルエコノミーのなかで、競争するにはコストダウンするしかないという主張でした。その掛け声とともに、工場は海外に移転して、2百万人以上のアメリカ人労働者が、このたった8年間に失業をしています。受け皿のない工場閉鎖にあった人々は、せいぜいが失業保険の給付のみの支援をうけて、あとは自分でなんとかしろという処遇でした。
リーガン大統領が始めた、アダムスミス方式の統制のいっさいない経済活動の結果が、さまざまなところで問題となって出てきています。私は経済については社民的な考えをしているので、ある程度の統制は必要だとおもっています。善人だけが資本家ではないというのは、この10年にあいだに飽きるほど証明されたことのように思います。また、
税金についても、いまでは全面的に採用さてていない、累進課税方式は、所得の再分配と言う意味で欠かせない中産階級維持の方策のように思います。
極少数の大金持ちと、貧しい大衆といった構図ができてくれば、まさに世直しの風向きですから、これでいいのかと
すこし、心配になります。私は社会主義者ではありませんが、どうもベクトルの方向としては階層の摩擦が大きくなる方向に向かっているように感じます。したがって、中産階級の再構築という社会の調整が問題の解決のためにも、急務であるように思われます。もし、これが上手くいかなければ、長い目でみて、まさに歴史的必然の結果をみる可能性があるように感じています。
今日はすこし硬い話ですが、どうかこれに懲りずに、、、、
最近の中国をみて、これは資本論的な歴史の課程を省略しての、はしょった革命をしてしまったので、資本主義を取り入れて、歴史のやり直しをしているんだと私が友達に冗談をいって、友人の顰蹙を買ったりしています。しかし、つらつら、世の中をみていると、今のアメリカの社会のありかた、階級の2極化、ホームレスにみるルンペンプロレタリアートの出現、組合の無力化といった面、さらに金融資本の経済全体に対する影響力の強化と言った傾向をみるとき、この面の分析として、資本論の主張もうなずける部分があるのではないかと感じています。
片方に、社会主義革命という現実があったために、その抑止としてアメリカの社会は中産階級社会としての社会の枠、経済の枠のなかで発展してきたように、私は感じています。組合員であることが中産階級であるという図式のもとになっていたと思います。しかし、ソビエトの崩壊後、制度としての社会主義の破綻は、理論的な破綻であると言う理解のもとに、全面にわたる、資本からの社会変革の攻勢が現れてきているように私には思えます。ウォールストリートによる、企業への締め付けがはじまり、利益を前期よりもどれだけ上げられるかという要求があらゆる産業に対してなされるようになりました。タガの外れた資本主義というのもこまったものです。
ここでの掛け声は、グローバルエコノミーのなかで、競争するにはコストダウンするしかないという主張でした。その掛け声とともに、工場は海外に移転して、2百万人以上のアメリカ人労働者が、このたった8年間に失業をしています。受け皿のない工場閉鎖にあった人々は、せいぜいが失業保険の給付のみの支援をうけて、あとは自分でなんとかしろという処遇でした。
リーガン大統領が始めた、アダムスミス方式の統制のいっさいない経済活動の結果が、さまざまなところで問題となって出てきています。私は経済については社民的な考えをしているので、ある程度の統制は必要だとおもっています。善人だけが資本家ではないというのは、この10年にあいだに飽きるほど証明されたことのように思います。また、
税金についても、いまでは全面的に採用さてていない、累進課税方式は、所得の再分配と言う意味で欠かせない中産階級維持の方策のように思います。
極少数の大金持ちと、貧しい大衆といった構図ができてくれば、まさに世直しの風向きですから、これでいいのかと
すこし、心配になります。私は社会主義者ではありませんが、どうもベクトルの方向としては階層の摩擦が大きくなる方向に向かっているように感じます。したがって、中産階級の再構築という社会の調整が問題の解決のためにも、急務であるように思われます。もし、これが上手くいかなければ、長い目でみて、まさに歴史的必然の結果をみる可能性があるように感じています。
今日はすこし硬い話ですが、どうかこれに懲りずに、、、、