Social Business
Micro Finace の発起人のユナス氏の話を聞きました。彼はバングラディシュで貧民相手の銀行業務を始め、多くの貧困層の人たちがそこから抜け出すために大変に力になったということで2006年度のノーベル平和賞を受賞しました。この銀行は乞食にも融資をするそうで、その業種の顧客が40万人いたそうですが、いまではこの銀行からの融資を元手にして商売をはじめ、この業種にさよならをした人たちが10万人にのぼるそうです。「施す」か「貸す」かで大きく受け手の心構えがちがってくると言います。この融資の元金も貧しい人たちからの貯金で、まさのちりも積もれば式の商売です。
この「商売」というのは普通の利益追求の営利企業とはすこし違う性格で、この社会に役立つ商いというのを、彼はSocial Businessと規定しています。いわば、その商行為そのものが、社会の人々の役に立ちながら、商売としても成立するとう性格もつのが、このSocial Business です。いままでは、利益の追求ととことんしていって、大きな資産をもち、その時点から慈善事業をはじめる、あるいはそのような団体に献金をするというパターンが資本主義社会の成功者の姿であったわけです。しかし、ユナスさんはこの、ある意味で、両極端にある事業の間にこのSocial Business が成立する可能性があるのではないかと見ています。
勿論 Businessですから、営利団体ですが、その商行為そのものが、受け手の生活を向上されると言う事が眼目になるわけです。これは銀行だけではなく、さまざまのサービスの分野などでも可能かと思います。たとえば、私の思いつきでいうと、学生ローンが大勢の親たちが積み立てた財源から頼母子講的に運用されて、政府や銀行などが及ばない低利で支給するという商いも可能ではないかと思います。この商売に関っている人は誰も大金持ちにはなれないけれども、そこその生活は可能で、受益者のとっては人生の将来がまるで違ってくるという恩恵があります。
ユナスさんは以前は経済学の教授であったそうですが、大学の近くに住む貧民43人が高利貸しに苛めらて居るのを見かねて、この活動のはいったそうです。この時の貧民の負債の総額はなんとたった$27だったといいます。
なかなか、カーネギーを頭にいだくアメリカ資本主義のなかではこのような姿勢は
受け入れられないかもしれませんが、私にとっては、大変興味のあるお話でした。
この「商売」というのは普通の利益追求の営利企業とはすこし違う性格で、この社会に役立つ商いというのを、彼はSocial Businessと規定しています。いわば、その商行為そのものが、社会の人々の役に立ちながら、商売としても成立するとう性格もつのが、このSocial Business です。いままでは、利益の追求ととことんしていって、大きな資産をもち、その時点から慈善事業をはじめる、あるいはそのような団体に献金をするというパターンが資本主義社会の成功者の姿であったわけです。しかし、ユナスさんはこの、ある意味で、両極端にある事業の間にこのSocial Business が成立する可能性があるのではないかと見ています。
勿論 Businessですから、営利団体ですが、その商行為そのものが、受け手の生活を向上されると言う事が眼目になるわけです。これは銀行だけではなく、さまざまのサービスの分野などでも可能かと思います。たとえば、私の思いつきでいうと、学生ローンが大勢の親たちが積み立てた財源から頼母子講的に運用されて、政府や銀行などが及ばない低利で支給するという商いも可能ではないかと思います。この商売に関っている人は誰も大金持ちにはなれないけれども、そこその生活は可能で、受益者のとっては人生の将来がまるで違ってくるという恩恵があります。
ユナスさんは以前は経済学の教授であったそうですが、大学の近くに住む貧民43人が高利貸しに苛めらて居るのを見かねて、この活動のはいったそうです。この時の貧民の負債の総額はなんとたった$27だったといいます。
なかなか、カーネギーを頭にいだくアメリカ資本主義のなかではこのような姿勢は
受け入れられないかもしれませんが、私にとっては、大変興味のあるお話でした。