御節のお話 | 北加発:アメリカ合州国、教育、人々、その他、なんでも

御節のお話

時期を逸した感は免れませんが、恥知らずにもお正月の題材を。私がこの国に移住をしてきたのが、1978年で次の年のお正月には、張り切っておせち料理とつくるべく、サンフランシスコの日本街まで買い物に行ったものでした。そのころは、たしか買ってきた「主婦と生活」新年特別号ちうのに御節の作り方がのっていて、その調理の手順にそって三の重までこしらえたものでした。私がですよ。

息子が小さいときまでは、毎年、年末には買出しにいって、御節を大晦日には作っていました。ですが、息子がすこし大きくなると、はたっと気がついたのが、私以外の家族は御節の品書きリストのなかの2,3品にしか手をつけないということで、私が整理しないといるまでも残るということでした。どうもこれでは効率がわるいので、簡単にワイフと息子が手をつけるものだけを造ることにしていました。日本育ちの私にはちょっと寂しいお正月のテーブルでしたが、これはこれでしょうがないとあきらめが半分でした。

そうこうしているうちに息子は大学に行く事になり、Empty Nesterとなり、またワイフと二人の生活となりました。このころまでには、日系のスーパーが御節の仕出しもするようになり、12月の上旬に注文をしておけば、大晦日にうけとれるという大変便利なことになり、私たちのさっそく注文をはじめました。アメリカ人の感覚だと「こんなに高い」といわれそうですが、私たちが今年注文したのは「虹や」の三段重ね重箱入りおせち $145というものでした。風呂敷の包まれた重箱をあけてみて、これはなかなかいいというのが私たちの評価でした。量も2,3人でちょうどいいくらいですし、それぞれ料理もちゃんとしてあるようでした。

昔話をするのは、年を取った証拠といわれますが、あえてこの件についての話しをすれば、まさに隔世の思いがします。

今年の2月で永住生活が30年になります。一歩一歩毎日歩い来て振り返ったら、30年たっていたというのが
実感です。地位や業績とか成果とか世の人々に誇れるものはありませんが、ただ、良い人々に囲まれて幸せな日々をおくってきたという確たる思いはあります。よく製品のアンケートで、またこの製品を買いますかというのがありますが、同じようにまた同じ様な人生を送りたいですかと問われたら、私の答えはYesです。

読者の皆さんに、新年のご挨拶をすることを失念していました。本年もなにとぞよろしくお願いします。