面接について | 北加発:アメリカ合州国、教育、人々、その他、なんでも

面接について

州立大学では、面接の審査というものはありませんが、私立の場合には大学によって、この面接を入学審査の一環としておこなっているところがあります。この面接については、以前にFlowさんとExodusさんのところで議論をしたことがありました。今日の

記事はその議論をふまえてすすめていきます。したがって、Flowさんのお知恵もこの記事に反映さているとご理解ください。


面接というものにどのようなな重きを置くかは、大学によって大きく違います。例えば、AmherstやStanfordでは面接そのものの自体がありません。また、面接のあるところでも、その審査に占める重要性は、違うと思われます。では、受験生にとっての面接の必要性というのはなにかといううと、まず、受験生がその大学に入学をしたいという意思表示のアピールができること、自分のことが分かってもらう機会であること、それと同時jに大学の事に付いて質問する事で、大学への理解が深まるという事だと

考えられます。こちらの面接は両側通行で被面接者も面接者に質問の機会があるのが普通です。これは、いちろうさんがよく

ご存知でしょう。


さて、この面接の機会の設定ですが、大学訪問をした時にAdmission Officeと相談して、Admission Officerや

Admissionではたらく在校生との、学内での面接、あるいは、大学がAdmission Officerを各地区に派遣して、その滞在先のホテルで行う面接、また各地の卒業生が行う面接とさまざまあります。たいていの場合には向き合って座って、かなり、リラックスした雰囲気で会話が進んでいくようです。しかし、なかには例外もあり、きつい質問攻めに会うこともあるといいます。MITの

面接を受けた、息子の友だちは容赦ない質問ぜめでもう泣きそうという経験だったといいます。


さて、面接の機会があるとして、これを利用すべきかどうかについては、賛否両論があります。一般的にいって、私はこの機会をとらえて、自分をアピールした方がいいとの主張ですが、Flowさんは、慎重論で、この結果が肯定的とは限らないので、その事を視野に入れて判断すべきだという主張であったと記憶しています言いかえれば、私はいればダメで0点、良ければ点数が稼げる、Flowさんは、これを受けなければ0点、受けた時の判定でプラス点にもマイナス点にもなると言う意見でした。。この問題は結局は自己検証で、自分がこのような面接という環境できちんと自分の言いたい事を伝える技能があるかどうか、または、見知らぬ人に好感を持ってもらう処世術というものが備わっているのかという疑問の答えから、解決するのではないかと思います。

自分は面接向きかどうかです。


まえにものべましたが、息子の面接は面接者の家でおこなわれ、居間のソファーに座り込んで約一時間でした。親は、車のなかで待っているだけで退屈です。"面接が終わって車に戻り、How did you do?”の答えは" I did well. I especially 

did good on those tricky ones."と言っていました。この面接のまえには、彼の高校で以前USCのカウンセラーだった人が、彼をこの面接に向けて、特訓してくれました。これは彼女の通常の仕事ではなく、個人の好意によるものでした。おそらく、私立高校では、このような訓練は当たり前のことなのでしょうね。


私の印象では、大学に規模が小さいほど、大学の面接に対する傾斜があるように思います、やはり、一人ひとりの学生の学内コミュニティの影響度が大型の大学に比較して大きくなるからなのでしょうか。受験希望者に対する大学の関心とい意味でいうと、

壁に耳あり的な話ですが、Pomonaでは寮で一泊の受験生の大学訪問がありますが、この受験生は、羽目をはずさずにきちんと学生に対応する事が必要です。受験生を泊める学生は、この受験生に付いての評価をAdmission Officeに伝えるように、指導されています。これは内輪話ですので、ご内聞に。